37.
「ロザリン嬢のことが心配なのは分かるが、それなら最初から関わらせるべきではなかった。今さら危険だからと言って、話さないのはお前のエゴだ」
デニスが低く、しかし力強く響く。
彼の声には、庭の穏やかな空気を一変させる重みがあった。
マクシミリアンは目を伏せる。
彼の長い睫毛が影を落とし、普段は穏やかな赤い瞳に、複雑な感情が渦巻いているのが垣間見える。彼の手はテーブルの縁を握り、指先がわずかに白くなるほど力を込めていた。
ロザリンの心臓が、どくりと高鳴った。デニスの言葉は、彼女がずっと抱いていた疑問を突きつけるものだった。
マクシミリアンが隠している何か――アーヴェント商会を巡る問題の核心が、今、目の前に迫っている。彼女はスプーンを置き、背筋を伸ばして二人を見る。
「デニス様。教えてください。何が起こっているのですか?」
その声はわずかに震えている。
マクシミリアンが一瞬、彼女を制するように手を上げかけた。しかし、ロザリンの真剣な瞳に触れ、その手をゆっくりと下ろふ。
彼は諦めたように小さく息を吐き、デニスに視線を戻す。
「話せ、デニス。だが、簡潔に」
デニスは頷き、口を開く。燃えるような赤い髪が太陽に映え、彼の黒い瞳には緊迫感が宿っている。
彼は一瞬ロザリンに視線を向け、彼女の決意を確認するように見つめた後、言葉を続けた。
「アーヴェント商会が動いた。予想より早く、大きな取引が水面下で進んでいる。……そして、今回の件には、王都の有力者が関わっている可能性が高い」
ロザリンの息が一瞬止まる。王都の有力者――その言葉に聞き覚えがある。
以前、マクシミリアンが『フィルナート侯爵がアーヴェント商会の裏にいる』と言っていた言葉を思い出す。
あの時、彼は警戒心の強い侯爵の動向を注視していると言っていたけれど。それ以降、侯爵の名前は彼の口から出ることはなかった。
ロザリンはマクシミリアンを見たが、彼の表情は硬く張り詰めている。
「デニス、詳しく話せ」
マクシミリアンの声は低く、抑えたものだった。「どういう動きだ?」
デニスは一瞬、ロザリンに視線を向け、彼女の覚悟してを確認するように見つめた後、言葉を続ける。
「商会が扱っているのは、ただの交易品じゃない」
「商会が海外で芸術品を買い付けて、輸入していたのは知っています」
ロザリンはアイザックがよく美術品の自慢をしていたことを思い出す。
きらびやかな絵画や彫刻、それらは全て商会の手によって運ばれてきた。
大きな取引……。
もしかして、盗品の美術品を密輸しようとしている?
「そんな可愛らしい物じゃない」
デニスはロザリンの心を読んだかのように否定する。
彼の声には、冷ややかな響きがあった。
「それは何ですか?」
ロザリンの声がわずかに上ずる。
彼女の胸に冷たい予感が走る。
デニスは一瞬、マクシミリアンに視線を投げ、彼の反応を伺う。マクシミリアンは無言のまま、ただ唇を固く結んでいる。
デニスは静かに言葉を続ける。
「麻薬。この国では製造、発売、使用も禁止されている中毒性の高い薬。海外から芸術品と偽装して密輸している。捜査でその事実が明らかになった」
ロザリンの頭がくらりと揺れる。
アーヴェント商会が密輸?それも違法薬物を?
今まで側にいたのに、そんな素振りは感じたことはなかった。
彼女はこれまで商会の人々と身近に接してきた。笑顔で話す彼らの姿が頭をよぎる。
彼女は目眩を抑えるように、テーブルの縁を握りしめる。
「麻薬の密輸は、一介の商会では手に負えない規模だ」
デニスはロザリンの動揺を知らず、さらに続ける。
「その裏で薬を売り捌くには、高位貴族が関わっている可能性が高い。俺たちはその捜査を進めている」




