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32.

「私も……出来るでしょうか」


 ロザリンは小さな声で呟く。

 思わず漏れた言葉は、彼女の胸をそっと締め付ける。


 園芸が"得意じゃない"。

 その言葉は本当だ。

 だが、"得意じゃない"その言葉だけでは言い表せない。

 深い記憶の傷――花をしおらせた出来事は、今も心に小さな棘となって刺さっている。


 幼い頃、母にたくさんの花を見て欲しかった。けれど、どれだけ水をやり、どれだけ祈っても、花はしおれてしまう。

 

 花が枯れて、母を連れて行ってしまうのではないのかと怖かった。

 そんな非現実的な恐怖が、幼いロザリンの心を支配した。

 今なら、花が枯れたからといって、人が死ぬわけではないと分かる。けれど、あの頃の私には、それが全てだった。

 

 土を優しく押さえる。マーガレットの小さな葉が、太陽に照らされてキラキラと輝いている。

 まるで生命そのものが宿っているかのように、鮮やかさに目を細める。


「元気に育ってね」

 

 ロザリンは唇に小さな微笑みを浮かべて、細い指で小さな葉を優しく突く。

 その仕草には、どこか祈るような優しさと、ほのかな希望が宿っていた。

 

 マクシミリアンは彼女の横顔を見つめ、静かに頷く。

 

「ロザリン嬢ならきっとできますよ。花は正直です。あなたの心がこもれば、必ず応えてくれる。……それに、もし困ったらいつでもこの庭に来てください。いつでも手伝いますから」


 その言葉に、ロザリンはぱっと顔を上げる。

 影を落としていた青い瞳が、マクシミリアンの穏やかな眼差しとぶつかる。

 彼の声は、まるで庭をそよぐ風のように柔らかく、彼女の心の棘をそっと撫でるようだった。

 

 彼女は少し照れながら、笑顔を返す。


「ありがとうございます、マクシミリアン様。じゃあ、困った時は助けてくださいね? 私、本当に園芸が下手なんで!」


 ロザリンは照れ隠しに笑顔を弾けさせ、わざと大げさに言う。だが、その声にはどこか本気と切実さの響きが混じっている。


 マクシミリアンはくすっと笑い、恭しく胸元に手をやった。

 

「約束しましょう。けれど、失敗を恐れずやってみるのも大事ですよ。花は、案外寛容ですから」


 彼はそう言って立ち上がり、手を差し出す。

 ロザリンはその手を取り、ふわりと立ち上がる。


 彼女の手を握るマクシミリアンの大きな手は、ほんの少しだけ温かく、優しく包み込む。

 その感触に、心臓が小さく跳ねる。


 彼女は気付かないふりをして、そっと視線を花壇に戻す。


 二人は並んで花壇を見つめる。そこには、マーガレットの小さな苗が新しい土に根を下ろし、静かに息づいている。

 太陽の光が庭を柔らかく包み、遠くで鳥のさえずりが響く。

 ロザリンは心の中でそっと誓う。

 

 笑顔が溢れる庭にしよう。記憶と思い出と一緒に。


 マーガレットだけじゃなくて、お母様が愛した花に……。そう言えば、お父様は好きな花とかあるのかしら?

 大切な人たちの好きな花を、植えるのもいいかもしれない。


 新しい目標に、胸は静かに高鳴る。

 思わずこぼれた笑みに、マクシミリアンは目を細めて見つめる。


「お腹は空いていませんか?」


 マクシミリアンの声が、ふと静寂を破る。

 ロザリンはハッとして彼を見上げる。彼の顔には、いつもの穏やかな笑みと、どこかいたずらっぽい光が浮かんでいる。


「お腹、ですか?」


 当然の問いに、


 ロザリンはお腹に手をやると、彼女の胃が小さく鳴った気がして、慌てて視線を逸らす。

 マクシミリアンはその様子に小さく笑い、庭の向こうにある屋敷を指さす。


「ちょうど昼時です。庭仕事の後は、美味しい昼食でもどうですか? ちょうど準備ができたようなので、付き合ってください」


 彼の指の先に目をやると、庭の木陰に小さなテーブルが用意されているのが見えた。

 白いクロスがかかり、素朴な陶器の皿とスプーンが並んでいる。

 まるでこの瞬間を待っていたかのように、穏やかな風が真っ白なクロスをそっと揺らしている。

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