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29.

 暖炉の火が小さく揺れる中、部屋は柔らかなオレンジ色の光に包まれている。

 ロザリンはカップを手に、ふとマクシミリアンの言葉を思い返す。

『賑やかな庭、いいですね。きっと、あなたらしい場所になる』


「マクシミリアン様の仰る通り、賑やかな庭にしたいんですけど……。実は、私、園芸はあまり得意じゃなくて」


 幼い頃。母にたくさんの花を見てもらいたくて、花に薬を解いた水を与えたことがある。

 その日のうちに、花はしおれてしまって、庭師を困らせて泣いた日のことを思い出す。

  

 ロザリンは少し照れくさそうに笑い、髪を耳にかける仕草でごまかす。

 

「マーガレットの苗をいただいても、ちゃんと育てられるか心配で……。何かコツ、教えてくださいませんか?」


 マクシミリアンはその言葉に、ふっと口元を緩めた。


「コツ、ですか。母はよく言っていました。『花は正直だ。愛情を注げば、必ず応えてくれる』と。難しいことは考えず、まずは土の状態をよく観察することです。マーガレットは水はけの良い土を好みますから、根が詰まらないよう、ふかふかの土を用意してあげてください。朝日がたっぷり当たる場所を選び、風通しも忘れずに。ロザリン嬢が心を込めて育てれば、きっと花も喜ぶ庭になるでしょう」

「土と日当たり、ですか……」


 ロザリンはくすっと笑い、目を輝かせた。


「なんだか、マクシミリアン様が庭で土をこねている姿、想像してしまいました。いつも剣を持つ騎士様なのに、意外と繊細な作業がお得意なんですね?」


 その軽い冗談に、マクシミリアンは一瞬目を丸くし、すぐに低く笑った。


「剣を持って土をこねるのはさすがに難しいですが……庭仕事は、剣を振るのとはまた違う集中力をくれるんです。たとえば、土の湿り具合を確かめたり、葉の色を見て元気かどうか判断したり。花は良い相手なんですよ。静かに、でも確かに応えてくれる」


 彼の声には、どこか懐かしさと寂しさが混じっている。ロザリンはその言葉に、胸をくすぐられるような感覚を覚える。


「マクシミリアン様のお母様、素敵な方なんですね」

 

 ロザリンはそっと言った。

 彼女自身、家族との思い出はほとんどなく、記憶の中の母はベットの上にいることが多かった。


 病気で身体が弱っていく母の姿が、ロザリンの心の奥に影を落とす。

 ベッドの脇で母の手を握りながら、せめて花で笑顔を取り戻してほしいと願ったあの日の無力感が、今も胸に残っている。


 だからこそ、マクシミリアンが母のことを語る時の温かさが、彼女には特別に感じられた。


 マクシミリアンは静かに頷き、暖炉の火を見つめる。

 

「ええ、母は……この別邸を、まるで自分の心の庭のように大切にしていました。忙しい公爵家の中で、ここだけは時間がゆっくり流れる場所だった。……今は公爵邸を離れて、南で静かに花を育てながら暮らしていると聞いてます」


 懐かしさと諦め。

 伏し目がちな瞳から読み取れる、色々な心情が入り混じる複雑な横顔。


 その表情に、ロザリンは自分のカップをそっとテーブルに置く。

 公爵夫人が屋敷を去り、公爵が愛人を招き入れたのは公然の秘密。

 

 彼女はマクシミリアンの横顔を見つめ、勇気を振り絞って口を開く。


「マクシミリアン様、あの......」


 ロザリンは一瞬言葉を切る。

 暖炉の火が小さく爆ぜ、赤い火はゆらゆらと揺れている。


 心臓が早鐘を打つ。彼女は自分の声が震えないよう、そっと息を整えた。

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