2.
ロザリンの呟きに、マクシミリアンはわずかに目を見開いた。
自分で選択し、自らの道を切り開くマクシミリアンにロザリンは羨ましく思う。
ロザリンは眩しいものを見るように、目を細めて微笑む。
少しの間、馬車の中に静かな沈黙が流れた。
「あなたのお名前を、伺ってもよろしいですか?」
「申し遅れました。私、ロザリン・シュヴァルツと申します。……申し訳ありません。馬車には十分な治療具が揃っておらず……」
「このぐらいの怪我は怪我のうちに入りません。それ、騎士に怪我は付きものなので」
そう言って、マクシミリアンは怪我をしている腕を何ともないように動かしてみせた。
その仕草に、ロザリンは小さく息を吐く。
良かった。地面に倒れ込む彼を見た時は、心臓が止まりそうだったけれど。どうやら、大事には至らなかったようね。
「街にはよく来られるのですか?」
唐突な問いだった。
ロザリンは一瞬きょとんとしたが、すぐに考えを巡らせて答える。
「頻繁に、ではありませんが。この近くのお菓子店に、母が好きだったお菓子をあるので時折買いに来ることがありますわ」
「……そうですか」
マクシミリアンは視線を伏せる。言葉を飲み込むように口を閉ざした。
なぜ、そんなことを聞くのかしら?
理由が分からずにいると、彼は再び、ゆっくりと口を開いた。
「あそこにあるアーヴェント商会に……ある女性が、よく出入りしているのをご存じですか?」
「ある女性?」
ロザリンは首を傾げる。商会に女性が訪れるのは珍しいことではない。
けれど、彼の声音はただの雑談には思えなかった。
「ええ。少なくともここ最近は、頻繁にです。単なる“親交”とは思えないほどの様子で」
その言葉に、ロザリンの心がきゅっと縮こまる。
彼の言葉は淡々としていた。けれどその一つひとつが、まるで鋭利なガラス片のように、胸の奥に刺さっていく。
馬車の事故で忘れていたが、ロザリンは先ほど見たことを思い出した。
アーヴァント商会がある方向に向かうミエールの馬車。
ある女性がミエールとは限らないのに、ロザリンは“それがミエールだ”という確信めいた何かを、心のどこかで感じていた
ミエールとアイザックは、偶然なんかじゃない。
紅茶も、視線も、あの仕草も、全部。
静かに、けれど確実に、ロザリンの中で何かが崩れた音がした。
「なぜ、それを……?」
ロザリンがかすれた声で問いかけると、マクシミリアンはほんのわずかに微笑んだ。
「軍務省という仕事柄、色々な“動き”が見えるのです」