27.
疲れの影を帯びながらも、強い意志が宿っている赤い瞳。
マクシミリアンの声は低く、しかし確固たる決意に満ちていた。
ロザリンはその眼差しに、ほんの少し心が軽くなるのを感じた。
誰かが自分のためにこんなにも真剣に考えてくれること。それだけで、路地裏の暗い記憶がわずかに薄れる気がした。
「ありがとうございます、マクシミリアン様。本当に……」
ロザリンはそう言って、そっと微笑んだ。
化粧で隠した頬の傷はまだ疼くけれど、その痛みさえも、今は彼の言葉で和らいでいるように思えた。
マクシミリアンは一瞬、ロザリンの微笑みに見とれたように立ち尽くした後、軽く咳払いをして姿勢を正した。
「さて、せっかくお越しいただいたのですから、お茶でもいかがですか? 少し落ち着いてお話ししたい」
「ええ、ぜひ」
タイミングよく老執事が静かにドアを開け、二人を応接間のソファへと案内する。
部屋には暖炉の火が小さく揺れ、窓から差し込む夕陽が木製の家具に温かな光を投げかている。
簡素ながらも落ち着いた雰囲気の部屋は、マクシミリアンの人柄を反映しているようだった。
テーブルには紅茶と小さな菓子が用意されており、執事が丁寧にカップに茶を注ぐ。ロザリンはカップを手に取り、ほのかに漂うハーブの香りに少し緊張がほぐれるのを感じた。
「この屋敷、思っていたよりこじんまりとしているんですね」
ロザリンはふと口をついて出た言葉を、慌てて取り繕うように続ける。
「あ、失礼なことを言ってしまって……! ただ、なんだか落ち着く雰囲気で、素敵だなって」
その慌てぶりに、マクシミリアンは小さく笑う。
その笑顔には、いつもの硬い騎士の表情とは異なる、柔らかな温かみがあった。
「気にしないでください。確かに、公爵家の屋敷としては質素かもしれません。実はここ、母が若い頃に好んで使っていた別邸なんです。派手さはないですが、静かで落ち着ける場所。人が常に側にいるのが苦手な私には、これくらいがちょうどいい」
伯爵家の屋敷でも人がたくさん出入りして、使用人も結構な数がいる。
まして公爵家にもなれば、使用人の顔を全て把握するのでさえ大変なはず。
「そうだったんですか……。温かい雰囲気でとても気に入りました。……なんだか、マクシミリアン様らしい場所ですね」
ロザリンはカップを手に、窓の外の小さな庭を眺める。
手入れされた花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、まるでこの屋敷の静かな美しさを象徴しているようだった。
「庭の手入れは、庭師がしているのですか?」
小さな花弁が可愛いらしい、白いボタンみたいな花。
私の屋敷でも育てることができるかしら?
返事がないことに不思議な思い、視線をマクシミリアンに向ける。
片手で顔を覆っていた。
大きな手から覗く頰は赤く染まり、夕陽のせいではごまかせないほどだった。
「どうかされましたか?」
ロザリンは首を傾げて尋ねると、マクシミリアンはわずかに震える声で答えた。
「いぇ、ただ……。あまり言われ慣れていない言葉に、驚いただけです。気にしないでください」
言われ慣れていない言葉?
私がなにか変なことを言ったかしら?
ロザリンは自分が言った言葉を思い出す。
『温かい雰囲気でとても気に入りました』
『マクシミリアン様らしい場所ですね』
自分が言った言葉を反復して、自分が何を言ったか理解すると――
ポッと顔が赤くなる。
この言葉だと、マクシミリアン様みたいに温かい雰囲気だから気に入ったみたいに聞こえじゃない。
「私はただ、温かい雰囲気の素敵な庭だと……。私の屋敷でも育てたいから、花を分けてくれたりしないかなって……。マクシミリアン様が温かい方だと思っているけど、庭とは関係してなく――」
言い訳の言葉が、スラスラと口から溢れ出す。
「…………ごめんなさい。忘れてください……」
ロザリンは両手で顔を隠し、震える声が小さく震える声が漏れた。
すると、フフッと笑い声が聞こえてきた。
指の隙間からそっと覗くと、マクシミリアンがロザリンの心をそっと包み込むような、甘く温かな微笑みを浮かべていた。




