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26.

「ロザリンお嬢様、今日も美しいです」


 馬車に揺られ、窓の外を緊張した面持ちで眺めるロザリンに、クロエが話しかける。

 昼下がりの太陽がロザリンの横顔を照らしている。


「……ありがとう」


 化粧の下に隠れるロザリンの頬には、数日前の傷がまだ残っている。

 クロエが丁寧に化粧で隠し、心なしか髪に櫛を通す彼女の姿は、いつもより気合が入っていた気がした。


 クロエと二人。馬車の中には緊張感が漂っている。

 ロザリンは、父と話したその次の日。マクシミリアンに手紙を出した。

 手紙はその日のうちに返事が来て、彼と会うことになったのは、その翌日。


 馬車が屋敷の前で止まる。


 もう着いたのね……。

 

 はじめて来るマクシミリアンの屋敷。

 今まで会っていたのは、カフェや人の出入りがある場所。

 こんなプライベートな空間で会うのははじめてで、ロザリンの胸に緊張が走る。


「ご主人様をお呼びしますので、こちらでお待ちください」


 老執事がロザリンを応接間に案内する。

 古びた肖像画。静かな廊下。窓の外に小さな庭。執事以外に使用人の姿はない。


 公爵家の令息が住むには、どこかこじんまりとした印象の屋敷。

 ロザリンは緊張を紛らわすように、屋敷を観察しながら待った。


「ロザリン様、お待たせいたしました」

 

 老執事の低く落ち着いた声が部屋に響き、ロザリンは思わず背筋を伸ばした。

 ドアの向こうから現れたのは、騎士服をまとったマクシミリアン。

 目の下にはうっすらとクマがあって、その表情にはどこか疲れが見える。


「わざわざ来てもらったのに、待たせてしまって申し訳ありません」


 申し訳なさそうに言う彼の襟元が少し乱れていることに、ロザリンは彼の多忙な日々を想像できる。

 

「急な手紙だったのに、時間を作ってくださって嬉しいです」


 騎士服を着ているから、今日も仕事があったはずだ。

 アーヴェント商会の捜査や他の仕事で忙しい中、時間を作ってくれたことに嬉しさや申し訳なさが入り混じる。

 ロザリンは無意識に上がる口角を隠すように、視線をそらした。

 

「良かった……」


 ポツリと漏れた言葉。

 マクシミリアンの赤い瞳と交差する。


 砂糖が溶けたような、優しく細められた瞳。

 そんな視線を向けられるははじめで、ロザリンは固まってしまう。


「ずっと心配だったんです」

「……心配?」

「数日前の出来事であなたが深く傷ついていないのか」


 数日前……。

 ロザリンがミエールに会って、マクシミリアンとも会った日。


 彼の視線が、頬を見ているのに気づく。

 頬に手を当てると、打たれた頰が熱を帯びている。

 

「傷なら心配いりません。薬を塗っていますし、医師から数日で治ると言われていますから」

「その傷も心配ですが、私が心配しているのは……」

 

 マクシミリアンはトントンと指で胸を叩く。


 彼が指しているのは心臓ではなく、ロザリンの心の傷を心配していることにすぐに分かった。


 路地裏での出来事は、今でもロザリンの胸に暗い影を落としている。


「あの日の出来事は、忘れることはありません」


 ロザリンは視線を落として、目を閉じる。


 路地裏に響く砂利の音。

 男たちの怒鳴り声。

 頬に走る鋭い痛み。

 息遣いでさえも、今でも、全てが鮮明に思い出せる。


 明かりがないとうまく寝付けなくて、あの日の恐怖は日に日に存在感を増している。

 この感情は彼らが捕まらないかぎり、消えそうにない。でも――


「マクシミリアン様が捕まえてくれるのでしょう?」


 自分のことのように悲しげな顔をするマクシミリアンを安心させるように、ロザリンは笑って見せた。

 

 ロザリンの言葉に、マクシミリアンは一瞬目を伏せた後、静かに頷いた。


「もちろんです」

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