22.
鋭い痛みが頬に走る。
衝撃で書斎の床に倒れ込むミエールは、怒りで顔を赤くする父親である男爵を呆然と見上げる。
男爵はミエールと同じ茶色の瞳に冷たい光を宿す。
普段の彼女は、まるで人形のように完璧に整った姿で、ピンク色の髪も一糸乱れず輝いている。
しかし、父親を前に彼女のピンク色の髪は乱れ、いつも整えてられいる姿とは対照的だった。
ミエールを書斎に呼び出した男爵は、彼女の顔を見るなり頬に強烈な平手を叩きつけた。
男爵の目は怒りに燃え、その声は書斎の重厚な壁に反響する。
「何てことをしてくれたんだ!!」
彼の手はまだ震え、ミエールの頬に赤い痕を残す。
「わたしはお父様の言う通りにしただけです。お父様がおっしゃったではありませんか……」
「それなのに、なぜ私を責めるのですか?」そう続く言葉は、男爵によって遮られる。
「このっ!私に口ごたえするつもりか!?」
痛む頬に手を当て、怒鳴る父親の姿にビクッと身体が小さく跳ねる。
ミエールの顔には、焦り、不安、恐怖。
痛む頼を押さえながら、初めて感じる父親の怒りと暴力に、心が凍りつくのを感じた。
「この家の名を汚した責任はどう取るつもりだ!!援助が打ち切られたらどう責任を取る?男爵家が取り崩しにでもなったら……」
ハアッ
何かを言いかけた男爵は、深いため息を吐く。
ドサっと大きな音を立てて、椅子に深く座り込む。
「お父様。今度は言われた通りにします。だから……」
綴るようにミエールが言うと。
男爵は冷たい視線を送る。
「……何ができる?」
「ロザリン……、ロザリンに会います」
「婚約破棄の原因にもなったお前にシュヴァルツ令嬢が、お前に会ってくれると?」
「ロザリンは優しいから。私に会ってくれるはずです。私たちは親友ですから!そしたら……」
「そしたら、なんだ?」
「そしたら、ロザリンに事情を説明して、婚約破棄は私が原因ではないと……! 私がちゃんと謝って、誤解を解けば……」
ミエールの声は震えながらも必死に言葉を続ける。
彼女の大きな瞳には、希望と恐怖が混ざり合う。
男爵は鼻で笑うように息を吐き、椅子の背に身体を預けた。書斎の重厚な空気が、さらに重く沈み込む。
壁に掛けられた古びた肖像画が、まるでこのやり取りを見下しているかのようだった。
「誤解だと? お前がロザリン・シュヴァルツを侮辱し、彼女の婚約者を誘惑したことが誤解だというのか?」
男爵の声は低く、抑揚のない冷たさでミエールを切りつける。
「シュヴァルツ家との関係が途絶えたのは、お前の軽率な行動のせいだ。親友だと? 笑わせるな。令嬢がお前を許すと本気で思っているのか?」
ミエールの唇が震える。
彼女のピンク色の髪は、乱れたまま肩に落ち、普段の優雅さはどこにもない。
「でも……ロザリンなら、きっと……彼女はそんな人じゃありません。お父様、信じてください。私、ちゃんと話せば……」
「黙れ!」 男爵の怒鳴り声が再び書斎を震わせ、ミエールの身体がビクッと跳ねる。
「お前の甘い考えがこの家をここまで追い込んだのだ! シュヴァルツ家の援助と縁がなければ、この家は終わりだ。分かっているのか、ミエール? お前の愚かな行動が、男爵家を破滅に導いたのだ!」
ミエールは床に膝をついたまま、涙が溢れるのを抑えきれず、頬を伝う。痛む頬に手を当て、父親の言葉が心に突き刺さるたび、彼女の小さな身体は縮こませる。
「お父様……ごめんなさい……私、わかっていて……でも、私、ただお父様の言う通りに……」
「私の言う通りだと?」
男爵は立ち上がり、床に座るミエールを見下ろす。
その目はまるで、自分の娘ではなく見ず知らずの敵を見ているような鋭い目だった。




