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21.

「戻って来て正解でした。無事に馬車に乗れたか気になって、馬車乗り場に行くとあなたの姿はどこにもない。心配で探したら路地裏から声が……。間に合って良かった」


 マクシミリアンは、そっとロザリンの体を地面につかないように抱き締める。

 彼の柔らかな銀髪がロザリンの頰をくすぐる。マクシミリアンはしばらくそのまま動かなかった。

 彼の腕の中は、信じられないほどに温かかった。静寂の中で、ふたりの鼓動だけが聞こえる。


「……震えてる」


 小さく呟いたマクシミリアンの声に、ロザリンはハッとした。


 彼の言葉ではじめて自分の身体が震えていることに気付く。


「だ、大丈夫……です。私は、もう……」

 

 言いかけた言葉が喉でつかえる。

 ――大丈夫、なんて、本当は全然思っていなかった。


 あのまま助けが来なければ、どうなっていたか分からない。

 男たちの息遣い。声にならならない悲鳴。あの絶望のフチから、誰も自分を見つけてはくれないと思っていたから……。


 でも、マクシミリアンは来てくれた。

 見つけてくれた。

 ――まるで、世界でたった一人。彼だけが私を探していたみたいに。


「ごめんなさい……」


 胸元で手を握り、思わずそう漏らした。

 

 彼の目尻がわずかに下がり、口元に優しい笑みが浮かんだ。

 そのまなざしは驚くほど優しくて、空に輝く月のようにどこまでも穏やかだった。


「謝ることなんてない。……あなたは、暴漢に襲われ、怖くて震えているだけだ」


 マクシミリアンの言葉は、ロザリンの心に静かに染み入った。怖くて震えてるだけ――その一言が、まるで彼女の震えをそっと包み込むように響いた。


 ロザリンは目を伏せ、唇を噛んだ。まだ胸の奥でざわめく恐怖が支配している。その恐怖は収まることなく、濁流のようにロザリンをのみ込む。

 それでも、彼の腕の中で、ほんの少しだけ呼吸が楽になった気がした。


「怖かった……本当に、怖かったんです」


 ようやく絞り出した声は、かすれていて、自分でも驚くほど弱々しかった。

 ロザリンはマクシミリアンの胸に顔を埋め、言葉を続ける。


「あの暗い路地で、誰も来ないって……。叫んでも、誰も聞いてくれないって……」


 彼女の声が途切れ、代わりに押し殺したような小さな嗚咽が漏れる。月に照らされる路地裏に響くその音は、胸の奥で絡み合った恐怖と無力感が、かろうじて外にこぼれ落ちる。

 マクシミリアンは、ただ震える彼女の背をそっと撫でる。その手の動きは、今にも壊れそうな物を扱うようにひどく慎重で、まるで彼女の揺れる心を静かに抱きしめるかのような、深い優しさに満ちていた。


「でも、あなたが……来てくれた」


 ロザリンは涙に濡れた顔を上げ、揺れる青い瞳でマクシミリアンを見つめた。そこには、ロザリンを見つめる、変わらない静かな光を宿す赤い瞳。


 その瞳には、決して揺らがない、確かな意志と温かな決意が宿っていた。

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