17.
ミエールと再び顔を合わせたのは、数日後の午後だった。
邸に届いた一通の手紙――。筆跡は見間違えようもない、ミエールのもの。
手紙からわずかに香る、ミエールがつけている香水の香りに目を細める。
《わだかまりを解きたくて、筆を執りました。かつて共に過ごしたあの日の思い出を胸に、最後に一度だけお会いできませんか。場所は、いつものカフェで。》
昔、よく二人で訪れていた街角の小さな店。
一方的に告げられる、会いたいという言葉。
会って話して何になるの?
かつての親密さはもう取り戻せない。でも、ミエールと会うことはもうないかもしれない。
ロザリンは迷いながらも、その誘いに応じることに決めた
そして当日。約束の時間より少し早く店に着くと、ミエールはすでに席についている。
店内にはコーヒーの香りが漂い、窓の外では街路樹が風に揺れている。
ミエールが座る窓際の席は、昔と変わらず陽光に照らされていた。
「久しぶり、ロザリン」
声は明るく装っていたが、笑顔は貼り付けたようにぎこちなかった。
ピンク色の髪に装飾品はなく、下ろされているだけ。
自分を着飾ることが好きだったミエールにしては、控えめな装いだ。
「……ええ、久しぶりね。ミエール」
ロザリンは丁寧に椅子を引いて座った。背筋を伸ばして、彼女を正面から見据える。
ミエールはロザリンの目を一瞬避け、窓の外に視線を投げた。その横顔に、かつての自信はない。
最初に口を開いたのはミエールだった。
「……こんなことになるつもりじゃなかったの。本当よ。アイザック様と関係を持ったのも、あなたを傷つけるつもりじゃなくて……気づいたら、惹かれていて」
「そう、気づいたら裏切っていたのね。幼い頃からの友情も、私の気持ちも」
ロザリンの声は穏やかだった。しかしその一言一言が、静かに、だが確実にミエールの胸に突き刺さっていく。
「ねぇ、ロザリン。私、わたし……アイザック様に捨てられたの」
ミエールは肩を震わせる。涙ぐむふりをしているけれど、その目は探るようにロザリンを見つめている。
ロザリンは一瞬、幼い頃のミエールの笑顔を思い出した。あの頃の無垢な友情は、もうどこにもない。
「お父様から援助も打ち切られて……。本当は外出も禁じられているの。だけど、どうしてもロザリンに会いたくて……。私……これからどうしたらいいか、わからなくて……!」
「だから、私に何をしてほしいの?」
ロザリンは微笑すら浮かべた。けれどその瞳は、冷たいほど澄んでいた。
ミエールの手がテーブルクロスをぎゅっと握る。
「ロザリン、あの頃の私たちを...少しでも思い出してほしいの」と掠れた声で懇願する。
店内は静かだった。遠くでカップがカチャリと音を立て、窓の外では通りを急ぐ人々が影のように過ぎていく。
ロザリンの言葉が、まるでその静寂を切り裂くように響いた。
「“ごめんなさい”、と謝れば許してもらえると思っているの?」
「私は、ただ……っ」
「あなたが私から奪ったものは、謝罪で戻るような安いものじゃないわ」
ミエールが目を見開いた。ロザリンの言葉に静かな怒りが宿る。
「母の思いに従って婚約したことも、信じていたあなたに裏切られたことも、それでも私が選んだ道だったと、今は思っている。でもね――」
そう。全ての選択に後悔はない。私が選んだことだから。
ゆっくりとロザリンはカップを置き、身を乗り出す。
「あなたは、私の信頼を利用した。私の名前を、家を、そして気持ちを。“私”そのものを、都合よく踏みにじった」
ミエールの顔が引きつる。泣き出しそうな顔をして、なお縋るように口を開いた。
「でも、私はあなたのこと……友達だと思ってた、ずっと……!」
「私も思っていたわ。けれど、今は違う。私たちの関係を壊したのはあなたよ、ミエール」
その一言に、ミエールの表情が凍りついた。
「“信頼は一度壊れたら戻らない”。それを教えてくれたのは、あなたとアイザックよ」
席を立つロザリンに、ミエールはすがりつくような目で言った。
「じゃあ、あなたは、これからどうするの……?誰も信じずに生きていくの?」
「いいえ」
ロザリンは振り返らず、扉へと足を進めながら口を開く。
「私には、信じたいと思える人がいる。あなたとは違って、裏切らない人」
そして、カフェの扉が静かに閉じた。
窓の外には、光が差し込み、街をやわらかく照らしていた。




