16.
私個人に対してのものではない?
アイザックとミエールの浮気。それは確かに私という存在を裏切る行為だった。
戸惑うロザリンをマクシミリアンは、もっと深い闇を見通すような瞳で見つめる。
「あなたの家柄を利用し、“信頼”を得て、その信頼を足がかりに貴族社会に深く入り込もうとしていた。アーヴェント商会も、フィルナート侯爵も――。ただの新興貴族と、没落寸前の令嬢との気まぐれな浮気話では済まされない。これは、騎士団が動くべき重大な問題です」
マクシミリアンは言葉を選びながらも、静かに語った。
"騎士団が動くべき重大な問題"
そこには、ロザリンを危険に巻き込みたくないという想いと、彼女には真実を知っていてほしいという願いが込められていた。
ロザリンはしばらく沈黙する。
アーヴェント商会での出会い。アイザックの浮気。婚約破棄。
目を伏せて、ふっと微笑んだ。
「……やっぱり、偶然ではなかったのですね。あの時。あなたが商会の近くにいたことも。私のことを……、守ろうとしてくれていたんでしょう?」
問いかけにマクシミリアンは答えなかった。
沈黙。それで答えは十分だ。
「ありがとうございます。マクシミリアン様。あなたがいてくれなかったら、私はここまで辿り着けなかった……」
その言葉に、彼の表情がほんのわずか緩んだ。
「いえ。私がいなくてもロザリン嬢は必ず真実に辿り着いていたでしょう。あなたは強く、賢く、そして――優しくまっすぐな心を持った方ですから」
マクシミリアンの声には、揺るぎない信頼がこもっていた。けれど私には、それがどれほどの重みを持つ言葉か、分かっていた。
傷ついた心に、彼の温かさが、そっと染み込んでいく。
マクシミリアンとはアーヴェント商会の近くで出会い、実際に会うだけではなく手紙でも何度もやり取りをした。
騒ぎを起こすには目撃者がいる。
私が使用人たちがいる商会で、婚約破棄を宣言をすると言った時。
マクシミリアンは反対した。自分を傷つける必要はないと。
自分を傷つけるのではない。過去の自分に無駄ではなかったと、証明するため――。
「……それでも、あなたの助けがなければ、私は何も見抜けなかった。ありがとうございます」
視線を伏せながら口を開く。
「すべてが終わったら……いえ、終わらせたら。改めて、あなたに伝えたいことがあります」
静かで、どこか切実な何かを宿す言葉。
彼の自然から伝わ温もりに、心の奥がじんわりと熱を帯びる。
問い返したい気持ちはあった。けれど、今はその言葉をそっと胸にしまう。
差し出された彼の手にしばらく視線を落とし。
「……ええ。その時を、私も待っています」
ロザリンの言葉に彼の口元が柔らかくほころんだ。




