15.
風のない穏やかな午後。
アイザックとミエールの浮気や婚約破棄の話題で騒がれている中。ロザリンは屋敷で一人の時間を過ごしていた。
外出した時。周囲からの好奇の視線が突き刺さったが、そんな視線より思い悩ませることがあった。
考えても解決しない悩み。心を落ち着かせるために深く息を吐く。
館の書斎に一人いたロザリンのもとに、控えめなノックの音が響いた。
「マクシミリアン様がお見えです」
扉の向こうから聞こえるクロエの声に、ロザリンはゆっくりと顔を上げた。
「……通してちょうだい」
ほどなくして姿を現したマクシミリアンは、整った騎士の制服。けれどロザリンを見つめるその瞳の奥には、かすかな憂いが滲んでいた。
何か悪いことでもあったのかしら?
数日ぶりに見るマクシミリアンの険しい表情に不安になる。
「わざわざ来ていただきありがとうございます。……何か悪いことでもありましたか?」
「……顔色が良くありませんね、ロザリン嬢」
相手を気遣ったつもりが、かえって心配されてしまい、言葉に詰まる。
「…………いつもと変わらないようにしているつもりだったのですが、分かってしまうのですね」
「ひと目見れば分かります。隠しきれるものではありません」
彼は静かにロザリンの前に膝を折り、目線を合わせた。
「本当に…よく頑張られましたね。信じていた方に裏切られるなんて、想像を絶するほど辛かったでしょう。それでもロザリン嬢は、最後まで気丈に耐え抜いて……、毅然とした判断をされた。そんなあなたを心から尊敬しています」
「……ありがとう、ございます」
マクシミリアンの心からの労りの言葉は、春の綿毛のようにふわりと優しく、ロザリンの心に静かに溶け込んでいった。
言葉に詰まり溢れそうになる感情を、ぎりぎりで押しとどめた。彼の前で涙を見せたくなかった。
「ことは上手く進みましたか?」
赤子を見るようなマクシミリアンの優しい視線に、気恥ずかしさと戸惑いを覚える。
そっと話を逸らした。
マクシミリアンは腰を上げ、ロザリンの向かいの席に座った。
「もちろんです。貴女に報告したいことがあります」
マクシミリアンは声を落とし、声量を抑えて告げた。
「アーヴェント商会が取引を行う現場を捉えることができました。そして、彼らの裏にいる人物の存在が分かりました」
「その人物は誰ですか?」
「フィルナート侯爵家」
告げられ名に、ロザリンは持っていたスプーンを落としそうになる。
驚きを隠せず、眉をひそめる。
「フィルナート家は、父と古くからの付き合いがありますが……まさか、そんな」
「表向きは慈善活動にも熱心な高位貴族です。ですが、その資金の一部が違法な取引……、港湾都市を経由し不正に動いていることが、密輸の記録から判明しました。主に宝飾品や美術品に偽装して、別のものを運んでいるようです」
マクシミリアンの声には、憤りと慎重さが混ざっていた。密輸と偽装してまで取引するもの……、明かされなくても想像がつく。
「商会の裏側にそんなものが……」
「あなたの婚約破棄騒動のおかげ、結果的に事の発覚を早めました。皮肉ですが――あなたが正義を貫いた証です」
マクシミリアンはそう言って、やわらかく微笑んだ。
「ですが、ロザリン嬢。婚約者と友人の裏切りは、決してあなた個人に対してのものではなかったのかもしれません」
「……どういう意味ですか?」




