14.
数日のうちに、"ロザリンとアイザックが婚約を破棄した"という噂は、まるで火がついたように社交界全体へと広がった。
当初は噂程度で信じる者は少なかった。
ロザリンは控えめで、大人しい。貴族の令嬢らしく家や婚約者に対して忠実な令嬢として知られていたからだ。
“婚約破棄”という行動は、彼女の性格からもっとも遠いものだと、多くの者が思っていた。
けれど、目撃者の証言により噂は事実へと変わっていった。
実際に破棄が行われた。しかも、その場所にはロザリンの親友であるミエールが、親友の婚約者であるアイザックと浮気が原因だと、数名の使用人が“偶然”目撃した。
ミエールとアイザックが、ロザリンの目の前で密やかに逢瀬を重ねていたという噂話は、使用人たちの証言により周知の事実として社交界へと広がっていった。
「なんでも、浮気現場は商会の一室で、ですって」
「あら?わたしくしはロザリン様が、浮気現場であるホテルの一室に乗り込んだと聞きましてよ?」
「なんにせよ。親友の婚約者と浮気なんて、どういう神経をしているのかしら」
ティータイムを楽しむ令嬢たちは、目をひそめ信じられないと口々に話している。
「ロザリン様はよくぞ婚約破棄なさったわ……!あのミエール嬢、まるで聖女のような顔をして、裏では親友の婚約者と浮気をしてたなんて……」
「パーティーで見かけたことがありますわ。男性に囲まれて、か弱い令嬢の印象でしたけれど、人は見た目では判断してはダメですね」
「悪女という名はミエール嬢に相応しいと思いませんこと?」
「しかも、ロザリン様の婚約者のアーヴェント商会はロザリン嬢との婚約で、かなりの利益を得たと聞きましたわ。それなのに、裏切るなんて――」
令嬢たちは話題に尽きること、ロザリンとアイザック、ミエールの浮気と婚約破棄の話を楽しんでいる。
まるで花が枯れ、しおれた花びらが朽ち果てるように、アーヴェント商会の名はしだいに失墜していく。
元々、急成長した成金の商会として注目されていたものの、社交界の根強い貴族たちからはアイザックの家は“信用の浅い存在”と見なされていた。
今回の醜聞は、反感を抱いていた貴族たちの格好のエサとなり、それに確信を与えた形となった。
ミエールの家――没落寸前の男爵家にも、厳しい風が吹き始める。
「男爵令嬢の分際で、伯爵家の婚約者を寝取るなんて……」
「貧しさは罪ではないけれど、品位を失うのは別問題よね」
どんなに取り繕っても、浮気の事実はミエールとアイザックを窮地に追いやっていく。
一方、ロザリンはというと――
商会との婚約を断ったことで、“伯爵令嬢としての品位を守った”と高く評価されていた。
静かに、品格をもって別れを選び取った彼女の行動は、特に中立派や老貴族の間で支持を集めていく。
「あの毅然とした態度は、見習うべきものだ」
「若いながらも、令嬢としての矜持を忘れていない。将来が楽しみな子だわ」
商会に不義を働かれた“被害者”という立場にある彼女は、誰からも責められず、むしろ同情と共感を集めることになる。
その結果、アーヴェント商会の取引先からの問い合わせや、一部が撤退を検討し始めていた。
"不義理な商人'というレッテルは、商会にとって致命的。
アーヴェント商会は婚約破棄と商会は関係がないと、主張するが婚約破棄という毒は商会に致命的な打撃を与え続ける。
そして、ロザリンはそんな騒ぎの中心にいながらも――
決して、公には発言しなかった。
ただ静かに、沈黙を貫き噂が過ぎ去るのを見つめていた。自らの手で未来を選び取るため、準備を進めていた。
その傍らには、今や"偶然を装う"ことをやめた、ある騎士の影があった――。




