プロローグ
微笑み合う二人の男女。
お似合いのように見えた――少なくとも、傍から見れば。
けれどその一人は“婚約者”で。
そして、もう一人は――“幼馴染”だった。
ロザリンの澄んだ青い瞳が揺れている。ロザリンは言葉を失い、彼女の視線は宙をさまよう。
幼馴染のミエールとロザリンの婚約者であるアイザックはタレ目ガチな新緑の瞳を更に下げて、楽しげに笑い合っていた。
本来今日は、ロザリンとアイザックが二人で会う予定だった。
けれど、侍女に案内されるアイザックの後ろから現れたのは、ピンク色の髪。明るい茶色の瞳を細めて、まるで当然のような顔をしたミエールだった。
「ロザリン、こんにちは。ロザリンのお屋敷の近くをたまたま通りかかったから、挨拶でもしようと思ったらアイザック様にお会いしたの。ねえ、わたしも混ぜてもらってもいいかしら?」
アイザックの腕にそっと触れて笑顔で言った。ミエール特有のふわふわとした話し方とその声は甘く、ロザリンが断る隙を与えなかった。
「もちろんよ。来てくれて嬉しいわ」
そう答えたロザリン自身の声が、どこか遠くに聞こえる。
応接間に通され、アイザックからの贈り物である紅茶の香りが鼻をくすぐる。
メイドが三人分のティーカップを準備していると、アイザックは自然な仕草でミエールの隣に腰を下ろした。
ロザリンとは向かい合う席。
隣り合って座るアイザックとミエールを見るロザリンの瞳がかすかに揺れた。
少し……、意外だった。アイザックはいつもロザリンの隣に座るようにしていたから。
自然と、それが普通だというように話す二人。
「ミエールとは話が合うんだよ。前に話してた画家の公にはされてない話があるんだ。父上が絵画を海外から高値で購入したらしい」
「まぁ!海外から?さすがアイザック様のお父様……、今から楽しみですわ」
まるで、まだ見ぬ絵画を見るのが当たり前だといわんばかりに、ミエールは甘えるように上目遣いで微笑む。
ミエールの反応にアイザックは満足気に笑った。アイザックは彼女のティーカップに手を伸ばし、自分の手で砂糖を一匙入れた。
「甘めが好きだったよね?」
「アイザック様、覚えていてくださったのね」
ロザリンは思わず自分のカップを見下ろした。
誰の手も触れていない。熱いものが苦手なロザリンのために、低い温度のお湯で淹れられたミエールとアイザックとは違う紅茶。
「ロザリンの婚約者がアイザック様なんて、ほんとうに羨ましいわ。ねえ、ロザリン……。もしわたしがあなたの立場だったら、絶対に彼を手放したりしないと思うの」
ミエールはどこか鋭さを感じさせる笑顔を浮かべて言った。
その声には、柔らかい皮を被せた棘が混じっていた。
「ミエール……」
ロザリンが戸惑いを隠せずに名を呼ぶ。
ミエールは誕生日プレゼントにずっと欲しかった物を貰えた子供のような、無邪気な笑顔を浮かべた。
「ごめんなさいね。でも、ロザリンが少し鈍いから、つい……。ぬるくて苦い紅茶より、熱くて甘い紅茶の方がいいでしょう?アイザック様は商売人だから、新しいものには目がないの」
その瞬間、ロザリンの胸の奥に、ひどく冷たい風が吹いた気がした。
ティーカップを持つ手が震えそうになって、ぎゅっと指先に力を込める。
ミエールの言葉を黙って聞いているアイザックは、目を伏せて紅茶を飲むだけ。
しかし、ロザリンは紅茶を飲むアイザックの口角が上がっているのを見逃さなかった。
「二人とも……仲がいいのね」
そう言うロザリンの声が、自分のものとは思えないほど冷静で静かだった。
けれどその裏に、確かに気づかないようにしていた何かが芽吹き始めた感情があった――違和感。疑念。そして、それを否定したいほどの小さな痛み。
ミエール。あなたは本気なの?
静かに時間が過ぎる一時のティータイム。
飲み込んだ紅茶の味が、さっきよりも苦く感じる。
違和感は、舌の奥で転がしてから、ゆっくりと喉へ流しても消えることなく、胸の奥に根を下ろした。