第30話
それから一ヶ月が過ぎた。
私は、新しい研究室で実験に没頭していた。
「マリ、この数値を見てくれ」
キュリー様が、興奮した様子でデータを見せる。
「音声信号の変換効率が、30%も向上している!」
「本当ですか!?」
データを確認する。
確かに、飛躍的な改善だ。
「やりました! これで、音声通信の実現に一歩近づきました!」
「ああ、君のアイディアが素晴らしかった」
二人で喜び合う。
この一ヶ月、本当に充実していた。
朝から晩まで実験、議論、そしてまた実験。
キュリー様は、本当に素晴らしい研究者だった。
知識も豊富で、発想も柔軟。そして何より、錬金術への情熱が人一倍強い。
「次は、この回路を改良して...」
熱く語り始める彼を見て、思わず笑みがこぼれる。
「どうした?」
「いえ、キュリー様も夢中になると、周りが見えなくなるんだなって」
「君に言われたくない」
彼も笑う。
「この前なんて、実験に夢中になって、夕食も忘れて、寝るのも忘れて、お昼になっていたじゃないか」
「それは、そういうときもありますよね」
お互いに似た者同士なのかもしれない。
「お嬢様!」
ユゼフが駆け込んでくる。
「お客様です!」
「誰?」
「エリザベス王女様と、ジェイムスさんと、バンデンさんと...」
たくさんの名前が挙げられる。
「みんな来たの?」
研究室に入ると、確かに大勢の人が集まっていた。
「サプライズパーティーよ!」
エリーが笑顔で言う。
「サプライズ? なんで?」
「だって、今日で丁度一ヶ月でしょう? 私たちが友だちになって」
「友達の一ヶ月記念って、初めて聞いた」
ジェイムスさんが、シャンパンのボトルを掲げる。
「私も、便乗させてもらいました」
「なぜ!?」
「私もです」
「バンデンさんまで!?」
「さあ、乾杯しましょう!」
グラスが配られる。
まったく意味がわからないけれど、こういう日があってもいいか
「それでは、エリザベスとマリとの友情に乾杯!」
キュリー様が音頭を取る。
「乾杯!」
グラスが触れ合う澄んだ音が、研究室に響く。
「マリ」
王女様がニコニコしながら私の名を呼ぶ。
「こういうパーティ、ずっとしてみたかったの。ありがとう」
「いえ、こちらこそ! パーティを開いてくれてありがとうございます」
エリーにとっては、パーティは政治の場であり仕事だ。
こういうパーティに憧れを持つのは痛いほど分かる。
「まだ敬語で話してくるのね?」
「さすがに一ヶ月でその壁は高すぎるというか…」
「そうね、まだ一ヶ月だものね」
エリーは嬉しそうに笑う。
一ヶ月という言葉に、何を嬉しく感じたのだろうか。
「マリさん」
ジェイムスさんが近づいてくる。
「改めて、おめでとうございます」
「友達一ヶ月記念が!?」
私の言葉に、ジェイムスさんが心底おかしそうに笑う。
「それもそうですが、ケルヴィ氏との因縁を解決したことと、国際錬金協会の総会を成功に導いたことです」
「私の力ではありません。みんなのおかげです。ジェイムスさん、本当にありがとうございました」
「いえいえ、あなたの力ですよ。これ、何回も言ってますね。謙虚もいきすぎると、返って鼻につくということわざもあるくらいですから、素直に自分を誇ったほうがいいですよ」
ジェイムスさんが口元に手を当てて微笑む。
「折入って、お話があります」
ジェイムスさんが真剣な面持ちで口を開く。
「新しい研究の資金提供をさせていただけませんか?」
「え?」
「音声通信を商業化し、一般化させたい。そのために、是非、投資させてください」
相変わらずの商魂。
でも、それが彼らしい。
「ありがとうございます。でも、まだ遠い道のりだし、投資を回収できる保証も…」
「構いません。私は、あなたの可能性に投資するんです」
パーティーは、和やかに進んでいく。
みんな、それぞれの道を歩んでいる。
でも、こうして集まれる。
これが、私の得た宝物。
「みんな、ありがとう」
心から、そう言った。
「私、幸せです」
「当然よ」
エリーが言う。
「あなたは、それだけのことをしたんだから」
「そうだね」
キュリー様も頷く。
「君は、自分の道を切り開いた。誰もが、君を尊敬している」
「でも、まだまだこれから」
私は、実験装置を見る。
「もっと研究して、もっと発明して、もっと世界を変えたい」
「その意気です!」
ユゼフが拳を上げる。
みんなが笑う。
温かい笑い声が、研究室を満たす。
ふと、窓の外を見る。
夕陽が、街を染めている。
あの日と同じ、金色の光。
でも、あの時とは違う。
今の私には、仲間がいる。
理解者がいる。
キュリー様と目が合う。
彼は、優しく微笑んでいた。
この人と、どんな関係になるのか。
まだ、分からない。
でも、それでいい。
今は、この瞬間を大切にしたい。
「さあ、もう一度乾杯!」
エリーが提案する。
「未来に!」
「未来に!」
みんなの声が、重なる。
私も、グラスを掲げる。
錬金術と共に歩む、私の未来に。
愛する人たちと共に創る、新しい世界に。
グラスの中で、青いシャンパンに泡が立ち上る。
小さな泡が、光を受けて輝いている。




