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女性に独創的な仕事はムリだと婚約者に言われました ~私はただ錬金術師として天命をまっとうしたいだけ~  作者: 脇役C


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第26話 事実誤認を問い正しました


「私は、ヴェールランド公爵として、そして一人の錬金術愛好家として、重大な事実誤認を正す必要があります」


壇上に立ったキュリー様は、ケルヴィを真っ直ぐに見据えた。


「私が事実誤認ですと。何を根拠に」

ケルヴィが襟元を正しながら、そう答える。

さすがに公爵相手では、先ほどの演技かかった堂々とした立ち振る舞いと打って変わって、目が泳いでいる。


「50ボルトの安定電源が、1年前のスィフトに存在したと?」

キュリー様が鋭くそう問いただす。

「当然です」

ケルヴィが勢いに負けじと答える。


「おかしいですね。つい最近…3ヶ月前まで、我が国の貿易記録に高電圧発生装置の輸入記録がない」

キュリー様が書類を取り出す。

「これは、両国間の過去5年間の貿易記録です。電気関連機器の取引は、すべてここに記されています」

書類が、審査官たちに回される。


「ご覧の通り、スィフトが電気技術に本格的に取り組み始めたのは、つい最近のことです」

「それは…」

ケルヴィが言いよどむ。


「それだけではありません」

キュリー様は、私に視線を向けた。

その瞳に光を見た。

すぐに視線を戻す。

「プラチナ線です」


「私からご説明します」

バンデンさんが立ち上がった。

「プラチナは、我がヴェールランドの特産品です。精製技術も我が国独自のもの」

彼は、別の書類を示す。

「スィフト国への輸出が始まったのは、条約改定後の3ヶ月前。それ以前は、輸出制限品目でした」

会場がざわめく。


「つまり、1年前のスィフトではプラチナ線は入手不可能だったということですか?」

記者たちが質問を投げかけ始める。

ケルヴィの顔が、みるみる青ざめていく。


「ちょっと待て!」

ケルヴィは叫んだ。

「プラチナ線は…、自国で製造したんだ!」


「ほう」

キュリー様が、薄く微笑んだ。

「スィフトに、プラチナ精製の技術があると?」


「当然だ!」

「では、説明していただけますか?」

キュリー様は、懐から鉱石を取り出した。

「このプラチナの原石から、純度99%以上のプラチナ線を作る方法を」


会場が静まり返る。


「それは、国家機密だ」

ケルヴィの額に、汗が浮かぶ。


「正気ですか」

キュリー様の声に強い感情が込められていた。

「貴国と技術提携を結んだのをよもやお忘れではないでしょうね。輸出制限を解除し、さらにはプラチナ精製の論文も貴国に公開しています。それがこともあろうに、国家の錬金術研究所の所長がそのようなことを言い出すとは。こちらは国家の名誉をかけているのですよ」


「うぐ」

返す言葉につまっている。


ジェイムスさんが挙手をする。

「実業家のジェイムス・ウィンストン・カーライルです。スフィト国と交易があり、また、マリ・ラ・ジョリオ嬢の雇い主という立場で発言の許可を願います」


高官たちが、顔を見合わせ、こそこそと耳打ちをした。

「許可しましょう」


「ありがとうございます。ケルヴィ氏、3ヶ月前、突然、研究所の予算配分を変更していますね。電気研究部門に、通常の10倍の予算を」

私がこの国を発った直後だ。

「それがなんだというんだ。国運を握る研究だぞ」

急に言葉を崩している。

相手を格下だと思っているんだろう。


「しかも、その資金で購入したのが、ヴェールランド製の実験機材。プラチナ線、特殊電池、精密測定器、まるで、マリ嬢の研究を再現しようとしたみたいですね?」

「そんなのは言いがかりだ!」

ケルヴィが叫ぶように言う。

「誰がそんな女のまねごとなど」


ケルヴィが口元をおさえる。

しかし、冷たい視線はケルヴィに向けられていた。


「失敬。行き過ぎた発言でした」

ジェイムスさんが胸に手を当て謝罪する。

口元がかすかに笑んでいる。


「本題はこれからです。ご覧ください」

高官たちに資料を配付し、前列の記者たちに資料の束を渡した。

「スィフト国の事故報告書です。電気実験中の爆発事故が3件。全て、ケルヴィ氏の指示で行われた実験です」


電気を扱う実験は危険だ。

正しい知識なしに行えば、大事故につながる。


「この爆発事故が起きたケルヴィ氏の実験は、すでに論文にされスフィト国に共有されたものです」


私は目まいを覚えた。

私の実験は、このヴェールランドのため、そして祖国スフィトのために行ってきた。

ヴェールランドはこの研究に多額の投資をしてきている。

電気実験の技術の共有は、ヴェールランドにとっては血を分け与えるようなものだ。

その論文をもとに実験の再現ができず、爆発事故を起こす。

なんて情けない話だろう。


「つまり、貴方は理論を理解できていない。だから、こんな強引にマリ嬢を連れ戻そうとしているのですね」

記者たちが一斉にメモに書き留める音が聞こえる。

ペンの音でも、これだけ人が集まれば大きな音になるのだと感心した。


「失礼だぞ! 貴様は俺を侮辱しにきたのか!?」

ケルヴィはもう感情にまみれている。

「そんな意図はございませんが、憶測で発言してしまったこと、お詫び申し上げます」


わざとだと誰でも分かる。


「続いて、こちらをご覧ください」

ジェイムスさんは間髪入れずに発言する。

ジェイムスさんの助手が大きな紙を掲げる。

論文のようだ。


「ケルヴィ氏の論文です。5年前、これが3年前、そしてこれが去年。不思議です。文体も字体もバラバラですね?」

「言いがかりもいいかげんにしろ! この国はこのような無責任な発言を許すのか?」

ケルヴィは高官たちに食ってかかる。

「ジェイムス殿」

高官がたしなめようと名前を呼ぶ。


「質問を投げかけているだけです。さらには研究分野も、錬鉄、錬銅、錬銀と、見事にバラバラなのですが、とても専門性が広く優秀な方でいらっしゃるようです。その秘訣はなんでしょうか? 部下の研究を横取りでしょうか」


「貴様!」

ケルヴィが殴りかかろうとジェイムスさんとの距離をつめる。

ケルヴィ氏の助手が抑え、ジェイムスさんの助手は間に入る。

「そんな尻軽女の擁護をして、男として恥ずかしくないのか!」

身動きができなくなったケルヴィが、そんなことを言う。


また記者たちのペンが走る音が聞こえる。


「ジェイムス殿、発言を禁じます。降壇しなさい」

高官たちがやれやれといった表情を浮かべた。

「数々の無礼、謹んでお詫び申し上げます」

ケルヴィ、高官たちに向けて深々と頭を下げた。

笑いを抑えきれないという顔をしている。


「もうやめようよ」

プレッシャーに耐えかねたのか、エミリアがケルヴィの袖を引いた。

だが、ケルヴィは彼女を振り払った。

「痛っ!」

エミリアが尻もちをつく。


「発言の許可をお願いします!」

思わず立ち上がって、そう叫んだ。

司会が渋い顔をするのが見えた。


「当事者です。発言の権利があるはずです」

キュリー様が、すかさず私を援護してくれた。


高官たちが、顔を見合わせる。

そして、二階席から別の声が響いた。


「発言を許可すべきでしょう」

国際錬金術協会の審査官の一人、初老の女性だった。

「真実を明らかにするためには、両者の意見を聞く必要があります」

司会がしぶしぶ頷く。

「発言を許可します」


ケルヴィに向かって歩を進める。

何百もの視線が、私に注がれている。


でも、もう怖くない。


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