第23話 支度をしましょうと言われました
時間だけが過ぎていく。
記者会見までもう数時間。
太陽が煌々《こうこう》と強く光を放ち始めている。
この太陽が真上にあがるころには、私は…。
見張りの人と目が合う。
見張りの人は一瞬だけ目をそらし、また私に視線を戻した。
この人も、この国のために働いている。
この国のために、私という犯罪者を逃亡させないために。
ダメだ。頭が回らない。
紅茶…、紅茶を飲まないと。
立ち上がろうとして、よろけた。
「お嬢様!」
ユゼフが支えてくれる。
「ごめん、ちょっと疲れただけ」
「限界ですよ。少し休んでください」
「でも時間が」
「5分だけ! 5分だけ目をつむってください!」
「5分…」
その時間すら惜しいと思ってしまう。
でも、ユゼフの真剣な眼差しに負けた。
今の私はそんなにも、追い込まれているように見えるのか。
またユゼフを心配させてしまっている。
椅子に座り直す。
ふと、壁を見る。
額縁の跡がある。
キュリー様からもらった紙幣を飾っていた場所だ。
あの日から、しまい込んでしまった。
キュリー様。
「助けて」
涙が頬をつたって流れる。
今までのことが走馬灯のように思い起こされる。
今まで色々あった。
どれも幸せな日々だった。
すべてができ過ぎている。
そう、私には過ぎた夢だった。
「大丈夫です」
ユゼフが私の手を握りしめる。
「どんなことになったって、僕はお嬢様のそばにいます」
もっと涙があふれてくる。
嗚咽が出る。
私は国を捨てて思いのまま研究に没頭した。
夢のような時間を過ごした。
それが終わりを迎えただけ。
私が犯罪者だろうと、別にどうだっていい。
私は幸福だった。
だからせめて、お世話になった人たちとこの国に恥をかかせない。
私は立ち上がって、しまい込んだ紙幣の額縁を取り出した。
もとの場所に飾る。
じっと見つめる。
「ありがとう、キュリー様」
そしてユゼフに向き直る。
「ありがとう、ユゼフ」
どんな結末になろうと、ユゼフだけは守る。
「お嬢様、こちらこそです」
ユゼフの視線が窓の外に行く。
私もつられてそちらに目が行く。
広場の前に人だかりができていた。
皆、今日の午後の記者会見を待っている。
「早い」
急に気持ちが現実に引き戻される。
冷たい血が頭に流れる。
私の中に広がった感情は、もう恐怖や不安じゃない。
怒りだ。
なぜ私が、自分の研究を自分のものだと証明しなければならないのか。
なぜ私が、この国にいる正当性を示さなければならないのか。
なぜ私が、私の自由を奪われなければならない。
コンコンとノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
身構える。
ケルヴィの顔がちらつく。
「マリ様、準備はいかがですか」
バンデンさんだった。
「正直、何も」
取り繕う余裕もないから、正直に答える。
「そうですか」
バンデンさんは静かに頷く。
「では、支度をしましょう」
「支度?」
「記者会見では貴女様も写真を多く撮られます。今はまだこの国の顔なのですから、その身なりで行かれても困ります」
今はまだ…。
「おい、勝手に何を」
見張りの人がバンデンさんに声を掛ける。
「これは上の決定です。このまま記者会見を開かれて、隣国の者にあることないこと…、つまり、機密の持ち出しはこの方の責任で終わりますが、それ以上のことを言われては国家の尊厳に関わります。ゆえに、この責任者たる公爵閣下がこの件を預かることになりました」
公爵閣下。
キュリー様。
バンデンさんの口元が、私の耳元にくる。
「ケルヴィが記者会見という墓穴を掘ってくれて助かりました。これで堂々と貴女様を守ることができる」
バンデンさんがそう耳元でささやいた。




