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女性に独創的な仕事はムリだと婚約者に言われました ~私はただ錬金術師として天命をまっとうしたいだけ~  作者: 脇役C


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第18話 王女が来訪されますが気軽にと言われました


今、すごく楽しい。


「ユゼフ、今度は5m線を長くしよう」

「分かりました!」

ユゼフは小さな白い上着を着ている。

ここでは正式な助手として認められている。


実験台に向かい、銅線を繋ぎ直す。


国立研究所での生活が始まって2週間が経った。

今はシグナルを遠くまで送信する研究をしている。

毎時間新しい発見があって、あっという間に感じるし、もう何年もここで研究しているような不思議な気持ちにもなる。


「OKです!」

ユゼフから返事が聞こえた。


「流すね!」

スイッチを入れると、20メートル離れた受信機から小さな鈴の音が鳴った。

他の人にとってはただのかすかな鈴の音だろう。

私にとっては、どんな音楽より興奮する。


「やりましたね!」

ユゼフがニコニコしながら、こちらに手を振った。


「よかった! 順調だね!」

私も嬉しくて手を振り返す。


実験ノートに結果を記録していると、ノックの音がした。

「どうぞ」


ドアが開き、バンデンさんが顔を出した。

「お取り込み中、失礼いたします。お時間よろしいですか?」

「ええ。どうかしましたか?」


バンデンさんは常にキュリー様と行動をともにしている。

扉の向こうに人影はなさそうだ。

今日はお一人で来られたんだ。


「エリザベス王女が今日、研究所を来所されます。公爵様とご一緒に」


「え? 今日?」

慌てて周りを見回す。

実験器具が散らかり、本や資料が山積みになっている。


本当にいらっしゃるんだ。

社交辞令じゃなかったんだ。


「ええ。急で申し訳ありません。公式なものではないので気軽にというお話です」


「いずれ見学しに来たいとおっしゃってましたし、私としてはいつでもお迎えしたいと思っていました」

その心にウソいつわりはないのだけれど、この部屋に招き入れるには一日でも足りなそうだ。

いや、私が掃除をしなさすぎるのが悪い。


「そう言ってもらえると助かります。では、失礼します」

にこりと微笑んで去っていった。

そんなバンデンさんを、精一杯、微笑みながら見送った。


「片付けなきゃ!」

手当たり次第、本を本棚に入れていく。

ユゼフもあわてて床に落ちた紙くずを拾い集め始めた。


無心で片付けを繰り返していくと、胸に重たいものを感じた。

なんだろう。

ただのプレッシャーなんだろうか。


ふと視線をあげると、額にかざったキュリー様の紙幣と、電気で光るオブジェが目に入った。

これは、片付けておいたほうがいいのだろうか。


「お嬢様、もう来られましたよ!」

窓から外を見ると、豪華な馬車が研究所の前に止まっていた。

キュリー様が最初に降り、次にエリザベス王女の手を取って彼女を馬車から降ろす姿が見えた。

「早すぎる!」


エリザベス王女は今日も美しかった。

薄紫色のドレスに身を包み、金色の髪を高く結い上げている。

気品のある立ち姿で、キュリー様と並んで研究所の正面玄関に入っていく。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

ユゼフが心配そうに尋ねた。

それはこの部屋の状態なのか、私の心情なのか。


「ええ、もちろん」

気を落ち着けるために深呼吸する。


ノックの音が鳴った。

深呼吸の途中だったので、むせてしまう。

なんで、一番最初の訪問が私の研究室なの?


「どうぞ」

ドアが開き、キュリー様とエリザベス王女が入ってきた。

「すまないね。思わぬ時間がとれたので急な来訪になってしまった。大丈夫だったかい?」

キュリー様が気づかいがちにそう聞いてくれる。


「もちろんです。心より歓迎いたします」

丁寧にカーテシーをした。

ちょっと手が震える。

私、王女様に緊張しているんだ。

なぜだろう。

なぜなことないか。

相手は隣国の王女。

気を遣うのは当たり前だ。


「散らかっている部屋で恐縮ですが」

謙遜でもなんでもない事実に声が小さくなっていく。


「マリさん、お久しぶりです」

王女の声に、柔らかい親しみを感じた。


「王女様、ようこそいらっしゃいました」

「あら、そんなに緊張しないで。今日は王族の立場ではなく、錬金愛好家として来たのよ」

逆に気を遣わせてしまった…。

そんなに緊張しているように見えるのか。


「これが噂の電気通信装置?」

王女はキュリー様の腕から手を離し、実験台に近づいた。


「はい、まだ実験段階ではありますが...」

「すごいわ! どうやって動くの?」


王女様の純粋な好奇心に、少し緊張がほぐれた。


「スイッチを押すと、電気が発生し、銅線を通って向こうの受信機に伝わります。振動で鈴がなります」

「見せてくれる?」

「はい」


私はスイッチを押した。

受信機から鈴の音が鳴ると、王女は目を輝かせた。

「まるで魔法ね!」

子どものように、まっすぐでキラキラしている。

はたから見れば、ただ鈴が鳴っただけに過ぎないのに。

王女はきっとこれが、どういうことになるのか想像できているのだろう。


「本当に、魔法ですね。錬金は、私にとって魔法の杖なんです。想像もしなかった素敵な世界に私を連れて行ってくれる」

そんな言葉が出た。

その言葉が耳からもう一度入って、すぐ恥ずかしくなった。


「変なこと言いましたね、私…、忘れてください」


「いいえ、忘れない」

王女が私をじっと見つめる。

「素敵な言葉よ。本当に」


この人は、本当に素敵な方だ。

私とは比べ物にならない…。


「この子もそうね。きっと私達を知らない世界に連れて行ってくれるのね」

王女様はそう言って、機械をなでる。


「今はまだシグナルしか送れませんが、将来的には文字や暗号も送れるようにしたいと考えています。世界の裏側の人とも交流できるかもしれません。そうしたら、また世界が大きく変わると思います」


「すごい! 本当に魔法ね!」

王女様の笑顔、本当に素敵だな。


キュリー様はそんな私たちの様子を少し離れた場所から微笑んで見守っていた。


「ポープはあなたのことをよく話すのよ」

王女は少し声を落としてそう言った。

「"マリは天才だ""彼女の発想は素晴らしい"って」

どういう意味かわからないから、そっと王女様の表情を見た。


笑顔だった。

私を純粋に褒めてくださっているのだ。

意味なんて、それ以上にあるわけないのに。


「そんな...大げさです」

「いいえ、彼は本気よ。あなたのような才能ある女性錬金術師がいることを、とても誇りに思っているわ」

「ありがとうございます」


「あなたもポープのこと、どう思ってる?」

突然の質問に、言葉に詰まる。

この質問の意図は?

いや、意図なんかない。

質問通りの、ただの雑談の一部だ。


「あ、その...尊敬しています。錬金術師として」

王女様はじっと私の目を見つめた。

そして、小さく微笑んだ。

「そう。彼は尊敬される人よね」

王女の表情には、何か言葉にできない感情が混ざっているように見えてしまう。


「これからこの研究の課題は?」

急に話が切り替わって戸惑った。

「はい、まず距離を伸ばすことが課題です。それから」

私たちはしばらく錬金術的な話を続けた。


話していると、王女は本当に頭の良い人だと分かる。

概念をすぐに理解し、鋭い質問をしてくる。


「マリ、国際錬金術協会の総会があるけど、準備はできてる?」

キュリー様が会話に加わった。


「はい、あとは発表用の模型を作るだけです」

胸をおさえて、そう答える。


「それなら、私も手伝おうか」

「え?」

「来週まで時間がないだろう?明日から毎日来て、一緒に仕上げよう」

キュリー様がそんな申し出をしてくれるとは思わなかった。


「でも...公爵様のお仕事は...」

キュリー様の申し出はすごく嬉しい。

でも、王女の顔を思わず見てしまった。


そうか、私は王女様に遠慮しているんだ。

何をだ。

分不相応、というか見当外れだ。

恥ずかしすぎる。


「大丈夫、午後の時間は空けてある。エリザベスも協力してくれるよね?」

王女はにっこりと微笑んだ。

「ええ、もちろん。私にできることなら」


「そんな、滅相もない! お二人の時間を奪うなんて!」

恐れ多いにもほどがある。


「いえ、これは重要な発表よ。ヴェールランドの未来がかかっているもの。私も国の一員として協力したいわ」

「エリザベスの言うとおりだ。せっかく手が空いたんだ。この研究に携わらせてくれ」


そう言われると断る言葉もない。

でもよく考えれば嬉しい。

こんなにも錬金を好きな人と一緒に研究できるのだから。


「ありがとうございます」

でもこの拭えない不安はなんなんだろう。


エリザベス王女は実験台から離れると、窓際に目を向けた。

「ここからの眺めもいいわね」

「ええ、朝日が入ってくる時間が特に美しいです」

「あなたはこの研究所が気に入った?」

「はい、とても」

「ポープがね、この研究所を用意する時、すごく熱心だったのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。"マリには最高の環境を"って」


冷たい血が流れたような気がした。


「ねえ、教えて」

王女が私の手に手を添えてくる。

「才能も、運も、“環境”も、すべて手に入れた気持ちはどう?」

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