表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/32

第16話 伝えました


翌日の晩餐会は、ヴェールランドの高官たちが集う華やかな場だった。

私は昨夜決めた自分の選択に胸を膨らませながら、部屋の片隅で静かに時を過ごしていた。


ジェイムスさんから贈られた淡いヒスイ色のドレスが、シャンデリアの明かりを受けて美しく輝いている。

その生地は肌に優しく馴染み、袖口と裾のシルバーの刺繍が光を捉えるたび、星屑のようにきらめいていた。


広間は人々の華やかな笑い声と会話で満ちていた。

円形の大広間は、上流階級の人々で溢れ、彼らの身につけた宝飾品が光を反射してきらめいている。

男性たちはタキシードに身を包み、女性たちはカラフルなドレスで装い、そのさまは庭園に咲き誇る花々のようだった。


私はどこか場違いな気分だった。

研究所での毎日とはあまりにもかけ離れた世界。


「マリさん」

声がして振り返ると、バンデンさんが立っていた。

「バンデンさん」

見知った姿を見つけられて、安心した。


「お待ちかねでしょう。公爵閣下がお呼びです」

「は、はい」

緊張した様子の私を見て、バンデンさんは優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ。あなたにとってはなんてことはないでしょう。身ひとつで亡命した、あのときのことを考えれば」

「か、からかわないでください」


顔が熱くなるくらい恥ずかしくなったが、少し緊張がやわらいだ。


「ありがとうございます、バンデンさん」

「お役に立てて何よりです。では参りましょう」

「はい」


ヨゼフと私を馬車に乗せてくれたあの時を思い出した。

まさか、こんなところに来るとは思わなかったな。


大広間の中央に近づくと、人々の輪の中心に公爵様の姿が見えた。

彼は今日も黒を基調とした正装に身を包み、胸元には赤いバラ。

光沢のある生地は彼の立ち姿をより堂々と見せていた。

周囲の人々と会話をしながらも、どこか遠い目をしていた。

その視線が私に気づき、パッと明るくなる。まるで曇りが晴れたかのように。


「マリさん」

公爵様は周囲の人々と会話を切り上げ、私に歩み寄った。

優雅で力強い足取り。

その姿に周囲の視線が集まるが、彼はそれを気にする様子もない。


「来てくれたね、ありがとう」

「お招きいただきありがとうございます」


私は丁寧にカーテシーをした。

後ろめたさのような気持ちが湧き上がる。


「緊張してるね」

「はい、少し…」

「それでは少し静かな場所で話をしよう」

「いいのですか? 他の方々が」

「問題ない。行こう!」


公爵様は私の腕に自分の腕を差し出した。

皮手袋越しに感じる温もりに、心臓の鼓動が早まる。

公爵様にエスコートされ、ベランダへと導かれる。

緊張のあまり、足が震えているのが自分でもわかる。


ベランダに出ると、涼しい夜風が頬を撫でた。

広大な星空が広がり、街の明かりが宝石のように散りばめられている。

ここから見る首都の夜景は、まるで天空の星が地上に降りてきたようだった。


「美しい夜だ」

公爵様が呟いた。

「はい」

私は深呼吸をした。

ドレスのコルセットが少し窮屈で、うまく息ができない。


「公爵様、私」


「残念、よっぽど私の名前を呼びたくないと見える」

公爵様の青い瞳が、月明かりに照らされてきらめいた。


『キュリーと呼んでください』

そう言われたシーンがバッと目に浮かんだ。


いや、恥ずかしすぎる。


「おそれ多くて」

「友人として、そう呼んでほしい。ダメかな?」


友人。

その言葉に、胸がキュッと締め付けられた。


「キュリー、様」


やっとそう言うと、公爵様…キュリー様は嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔の温かさに、緊張が少しほぐれた。


「あなたの決断を聞かせてください」


「はい、私は」

一瞬、迷いが生じた。

でも、昨夜の決意を思い出す。


「ぜひ、新事業に携わらせていただきたいです」


キュリー様の顔が明るくなり、瞳が喜びで満たされる。


「そう言ってくれると思ってたよ」


彼は静かに、しかし確かな喜びを表現した。

うれしそうな表情の中に、安堵の色が混じっているようにも見えた。


「電気…、本当に不思議なエネルギーですね。これからどんな可能性を秘めているのか、想像すると胸が高鳴ります」

「俺もさ」


キュリー様はポケットから、あの円盤を取り出した。

月明かりの下でさえ、その造形の美しさは目を引いた。


「君に渡したものと同じものだ。美しいだろう」


夜風の中、キュリー様の指先で青く光る結晶を見つめる。

その光は、昼間よりも深く、神秘的に感じられた。


「そうですね。ここに来たのも、この光に導かれたからかもしれません」

「ロマンチックなことを言うね」

キュリー様は微笑んで言ったが、私は恥ずかしくなった。

この円盤と夜風と晩餐会の空気にあてられたんだ。きっと。


でも、その言葉に偽りはない。


「俺もそうさ。錬金が生み出すすべてに魅せられて、俺の人生を捧げている。錬金は石を、時に馬千頭に匹敵するパワーに、時に闇夜を昼間にする光に変える」


キュリー様が円盤をなでると、今度は青から白へと光の色が変わった。

ろうそくの炎とは違った光が、端正なキュリー様の顔を優しく照らす。

美しい。


その光の色の変化に、私は息をのんだ。

「どうして色が変わったんですか?」

キュリー様は少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに微笑んだ。

「よく聞いてくれた。ここ、こだわったんだ。蛍石が使われていてね」


説明しながら動くその指には、薄くプラチナの輝きを放つ指輪が光っていた。

婚約者とのつながりを示す証。

その手で円盤をなでると、また青い光に戻る。


「これも錬金で動いている。塩水に2枚の金属を入れて、プラチナ線でつないだものだ。錬金は、自然の力を借りて生み出している。火の力、水の力、風の力、土の力」


キュリー様の言葉には情熱が満ちていた。


「錬金は自然との対話であり、自然の恩恵そのものだ」


キュリー様の話を静かに聞いた。

彼の婚約者のことも、将来への不安も、期待も、もうどうでもよかった。

申し訳ないけど、内容も頭に入ってこなかった。


ただ純粋に、まっすぐに、錬金を語るキュリー様の情熱が私を酔わせた。


どうしたのだろう。


胸がドキドキしている。

熱いものが、私の血管の中をぐるぐると回っているようだ。

私の中で何かが溢れそうになる。

抑えきれない感情が、喉まで上がってくる。


「好きです」


口から言葉があふれた。


言った瞬間、自分でも驚いた。

頭の中が真っ白になる。

時間が止まったかのよう。


キュリー様の瞳が大きく見開かれた。

彼の手が止まり、円盤の光が消える。


暗闇の中、私たち二人は互いを見つめ合った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ