第15話 星が綺麗だと思いました
部屋に戻った私は、窓辺に立って夜景を眺めていた。
今日も星がきれい。
公爵様にいただいたあの円盤のよう。
電気は、この国の未来だとおっしゃった。
この国では蒸気機関という技術革新が起きて、国中が活気づいている。
これからもヴェールランドは、もっともっと発展していくだろう。
そんな中でも公爵様は、もっと先の未来を見据えている。
今まさに芽が出ようとしている、電気という新エネルギーを。
ジェイムスさんは、今まさに成長している国を支えている。
蒸気機関はますますこの国の根幹を太く、強くしていくだろう。
選ばくちゃいけない。
リミットは、明日の晩餐会まで。
『一生添い遂げる相手くらい、自分で選びたかったな』
胸がズキッと傷んだ。
公爵様の一言が思い返されてしまう。
何度も。
自分の一生に関わりそうな、いや、他の人にも影響がありそうな重大な選択をしなくちゃいけないというのに。
私は公爵様のことをどう思っているのだろう。
私は公爵様とどうなりたいのだろう。
いや、どうにかなりっこないのはわかっている。
私のことなんか、女性としてすら見ていないだろう。
だけど。
ただただ、胸が苦しくなる。
コンコンというノックの音。
「お嬢様、夕食をお持ちしました」
生姜スープの匂いが広がった。
「ありがとう、ユゼフ」
「今日は疲れてますよね。消化の良いものを用意しました」
「大したことなんてしてないから大丈夫よ。それよりもユゼフのほうが大変だったでしょ。配膳。あれだけ人が多かったら、テンテコマイだったよね」
「お嬢様に比べたらどうってことないです。なにせ、僕らの"顔"ですからね!」
なぜかユゼフが誇らしげに言う。
これで謙遜してしまったらユゼフに申し訳ない気がして、「ありがとう」と言ってユゼフの頭をなでた。
ユゼフは顔を赤らめた。
さすがに子ども扱いだったかな。
「公爵とは、どんな話をしたんですか?」
唐突にユゼフが言ってきて、ドキッとした。
公爵様とお会いしたのはユゼフだって知っているし、疑問に思うのは当然なのに。
「私のこと、覚えていてくださったの」
頬が赤くなっていくのを感じる。
何を…、何を恥じらっているのだろう、ユゼフの前で。
「そりゃ当然ですよ! お嬢様をこんなところまで引きずり込んだ張本人なんですから! むしろ感謝するのが当然です! 3回まわってワンと吠えるぐらいしないと納得しません!」
「なにそれ」
ユゼフの言い回しがかわいくて笑ってしまう。
こわばっていた心がほどかれていくよう。
「ユゼフ、私ね、迷っているの」
正直に、そんな言葉が出た。
「え」
ユゼフの動きが止まった。
「な、なんですか!」
ぐいっと近づいて、私の上着の裾をつかんだ。
「なんでも言ってください! なんでもです!」
「ビックリした。そんなに真剣に受け止めるような話じゃないの。私が決めることだし…」
「真剣に受け止めますよ! どんな小さななことだって! 僕はお嬢様を支えるためにこの国に来たんだ。お嬢様はいつでも自分で抱えてしまうから、なんでも話してほしいんです!」
ユゼフは全力で私の思いを受け止めようとしてくれている。
その気持ち、すごく嬉しい。
でも。
「ユゼフにも自分のために生きてほしいよ。こんな自己中な私に付き合う必要ない」
『君はもう貴族じゃない。好きなように生きていいんだ』
公爵様の言葉が浮かんで、胸がズキッとした。
ユゼフを見ると、泣きそうな顔をしていた。
「僕は僕のために生きています。お嬢様といっしょにいる時間が一番幸せなんです。人生なんてつらいことしかない、それが当たり前だって、ずっと思ってました。お嬢様に会うまでは。全部変わったんです。お嬢様のおかげです。なんで今さら、そんな突き放すような言い方…」
ユゼフはつかんだ裾をギュッと握りしめながら、静かに泣き出した。
「ごめん、ごめんねユゼフ」
ユゼフの気持ちが、怖かった。
私のことをずっと献身的、犠牲的に支えてくれるユゼフの気持ちが。
私がユゼフの人生を食いつぶしてしまっているんじゃないかって。
でもユゼフが私のそばにいることを望むなら、私はユゼフのことを幸せにするだけだ。
そう決めたじゃないか。
だから、ちゃんとしなきゃ。
「ユゼフは、この生活を捨てて公爵様の事業に行くと言ったら、怒る?」
私の心は決まっていたんだ。
円盤に流れるきらめく温かな電気を見たときから。
「怒るわけないじゃないですか! お嬢様がどんな道を選ぼうと、僕はどこまでもついていきます!」
「ありがとう。でも、私が道を間違えそうになったら、教えてね」
「お嬢様、そんなに僕のことを信頼して…、はい! もちろんです!」
「ありがとう、ユゼフ」
ユゼフを抱きしめる。
ユゼフがいたから、私は自分の道を迷いながらも進むことができた。
本当に。
本当にありがとう。
「感動的なシーンですね」
声がして、顔をあげる。
「ジェイムスさん!」
「すみません。扉が開いていたもので、美味しそうな料理にひかれて、つい聞き入ってしまいました」
「ジェイムスさん、私」
ジェイムスさんは右手を出し、言葉を止めた。
微笑んで、顔をゆっくりと振った。
いつものような微笑みだったけど、ちょっと寂しげに見えた。
「引き止めるつもりはありません。あなたが選んだ道ならば、私は尊重します。ただし、あなたの家はここです。いつでも帰ってきてください」
「ごめんなさい」
「何を謝る必要があるのです? 公爵閣下がおっしゃった通り、もう利益は十分に出ています。感謝しています。ありがとう、マリさん。あなたとの出会いに感謝を、新たな旅路に敬意を」
ジェイムスさんがうやうやしくお辞儀をする。
「ありがとう、ジェイムスさん。この御恩は忘れません」
「当然です。私のことはずっと忘れないでもらいます。これで終わりだと思ってますか? 残念、電気事業にももちろん参入します」
ジェイムスさんは顔をあげ、にこりと微笑んだ。