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第10話 どうして私の話を信用してくれるのか尋ねました

「エン?」

ジェイムスさんはそう聞き返した。

表情は真剣そのものに見える。

さっきの笑みは見間違いだったかな。


「サビのようなものです」


私は図面の上で水の流れる経路を指でなぞりながら続けた。


「この反応で生まれた物質が、少しずつパイプの内側に付着ふちゃくして、通り道を狭くしているんです。だから蒸気の流れがさまたげられ…」


「なるほど、圧力が上がりすぎて安全弁が開いたと」

ジェイムスさんはあごに手をあて考える仕草をした。

「どうしてそう思われるのですか?」


私の話を値踏ねぶみするような感じだ。


当然だ。

ジェイムスさんからしたら、私が適当なことを言っている可能性はある。

そう思うほうが当然だろう。


「前職で錬鉄をしていたとき、同じような現象が起きたので。不純物ふじゅんぶつが通り道を塞いでしまうと、溶けた金属がうまく流れません」

「なるほど」

「あくまで可能性ですが。問題は、その仮説かせつが合っていたとしてどうすべきか」


あ、そうか。

「酸があれば…」

思いついた言葉がそのまま口に出る。

「酸?」

「そうです、酢を流し入れましょう。1リットルくらい用意できますか? それとタワシ」

「酢? 酢を流し込んで、ボイラーを傷めませんか?」


たしかに。

ジェイムスさんは質問力が高い。

その質問は理解して、想像して、仮説を立てないと出てこない質問だ。


「少しは痛みます。けど、試してみる価値はあると思います」

「なるほど、分かりました。やりましょう」

即答だった。




ジェイムスさんは職員らしき人に話をしたあと、こちらに戻ってきた。


「食用酢、職員食堂から持ってきますので、ほどなくして手に入ると思います」

「ありがとうございます」

酢が来るまでに、準備をしなくては。


「あの、どうしてそんなに私の話を信用してくれるんですか?」

準備しなくちゃいけないのに、気になって聞いてしまった。


「信用なんてしてませんよ」

はっきりとそう言われてしまった。


「でも、私の案を迷いなく採用してくださってるじゃないですか。上司の方?の反対も押し切って」

「ああ、あの方は上司ではありませんが、そうですね。貴女の意見に試す価値があると感じたからです」

「価値? でも、私が意見を言う前から良くしてくださっているように感じるのですが」

「たしかに」

ジェイムスさんはあごに手を当てる。

「じゃあ僕は貴女自身に価値を感じているんですね」


「私自身に?」

私の何を?


「だっておもしろいじゃないですか。貴女はスフィト国の貴族きぞくですよね。それが単身でこの国に来て、しかも錬金の仕事をしたいだなんて。よっぽどの勇気と自分への信頼がないとできない行為ですよ」

ジェイムスさんは、薄く微笑んだ。

先ほどの笑みだ。


「単身ではなく、ボクも一緒ですが」

ジト目でユゼフが抗議こうぎする。


「そんな話をしている間に、酢が運ばれてきましたよ」

ジェイムスさんに言われてハッとなる。

まだ準備が終わってなかった!

「すみません! なんでもいいので、布とバケツ借りてもいいですか!?」




借りた布でパイプの終端しゅうたんせんする。

その下に、漏れた酢を受け止めるバケツを置く。


「では、流し入れます」


開ききった安全弁から酢を流し込みきる。

覗き込むと、水面が見える。

問題の接合部まではひたってるな。


栓の布を見ると、酢が少ししか染み込んでいない。


よかった。

仮説は、たぶん正しい。

あとはエンが取れるかどうか。


「5分ほど待ちます」

たぶん、それくらいあれば取れるはず。

だめだったら、もう一度だけ試そう。

それでダメだったら次の方法を考えなきゃ。


「分かりました。じゃあその間にいつでもエンジンを再始動さいしどうできるよう準備しておきます」

ジェイムスさんがそう言ったので驚いた。


「いくらなんでも早すぎでは!? 準備が無駄になる可能性があるんですよ!?」

あわててジェイムスさんの言葉をさえぎる。

もし私の仮説が違っていたら、準備どころか、最悪、事故になる。


「貴女なら、今回が違ってもそのうち正解にたどり着くでしょう。せっかく得られたチャンス、こちらの準備不足でふいにしたくない。ただそれだけです。もちろん、貴女が心配しているであろう事故にはならないように火種ひだねは除けてありますよ」

ジェイムスさんはそう言って、職員に指示をし始めた。

今のこの時間は、ジェイムスさんには一刻も無駄にできない貴重な時間なんだ。


この人、本当に私の意図をみ取り、最善を尽くそうしている。


「まだ2分ありますね。今度は僕から質問しても?」

指示出しから戻ってきたジェイムスさんが、懐中時計かいちゅうどけいを確認してそう言う。

「もちろんです」


このあとの流れの確認だろうか。

そう思ったけど違った。


「貴女は何を求めてこの国に来たのですか?」

「え!? 何を求めて?」

そんな貴重な時間を使って、私に聞きたいことがそれ?


大事な問いなのだろう。

私を雇うかどうかの判断材料かな。


「好きな錬金を好きなだけ好きにやりたいからです」


何も考えずに言葉が出た。

もっとちゃんと考えて言うべきだったと思う。

でもここを取りつくろったら、ここに来た意味はない。

そう思った。


「採用ですね」

ジェイムスさんがそう言った。

「条件等は後々《のちのち》つめましょう」


「え!? いや私、何もまだ成果を出してない…」

「貴女はご存知ないかもしれませんが、事業で大切なのは投機とうきです。誰にも分かるような成果が出てから投資しては遅いんですよ。ともかく、貴女は十分に私にとって必要な人材です」

ジェイムスさんは微笑む。


「さて、5分経ちましたよ。初仕事、よろしくお願いします」

「は、はい!」


頭は混乱しながらも、パイプの終端に戻る。

すると、布が青緑に染まり、バケツには同じ色の液体が溜まっていた。


布を外す。

同時に、バケツと同じ色の液体と、同じ色の塊がバケツに流れ込んだ。


「ああ、せっかくのお召し物が…」


そんなユゼフのなげきが聞こえないほどに、私の気持ちは高揚こうようしていた。


「これは、貴女の目論見もくろみ通りのようですね?」

ジェイムスさんの言葉に私はうなづく。

「まだ実際に始動してみないと分かりませんが…、複数の要因よういんがからんでいる場合もありますし」

そう言いながら、私の手は震えている。


その震える手で、ヒスイ色に染まった酢をすくった。

銅と酢の匂いが入り混じって鼻を突く。

「なんて、きれいな色…」

そんな言葉が口から出た。

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