福猫
村上久美子(20歳)は駅前の「猫カフェFF」で働いている。
オーナーはマダム藤田文子さん(45歳)で、彼女のイニシャルFFがお店の名前となっている。
猫はトラ猫牡のフクマルくんと、アメリカンショートヘアーで雌のミヤビちゃん。
小さいながらもお店はなかなかの繁盛している。
ところが、今日は保健所から御注意が来た。
匿名のクレームだったらしい。
「飲食には不衛生なお店で、見世物として猫も虐待されている」というもの。
もちろんお店は食品衛生法も動物愛護法も守っている。
でももし、保健所から営業停止処分を言い渡されたらキツイので、対策を練るべく臨時休業とした。
マダムは、かなり御不満らしい。
「ちゃんと営業許可も取ってあるし、清掃や手洗い、猫ちゃんも綺麗にしてるし」
「でも猫嫌いの人は、猫と飲食はダメだって言うんじゃないですか?」
久美子が保健所の立場をやんわり説明すると、
「猫嫌いは猫カフェに来ないわよ。言い掛かりよ、イイガカリ!」
マダムのお怒りは収まらない。
「でも、何とかしなきゃいけないでしょう。どうしますか?」
久美子の問い掛けに、マダムは毅然として答えた。
「猫とカフェを分離します。お店をガラスで仕切って4対4対2、つまり猫ルームとカフェ&キッチンにします。大工の山本さん居るかしら?」
部屋を仕切るというアイデアは悪くない。
これならコーヒーを飲みながら猫を眺め、隣の部屋で猫と遊んで帰るというスタイルになるだろう。
「マダム、手洗い場も必要ですね。それで何日間お休みにしますか?」
「ちょっと待って、あっ繋がった」
さっそく携帯電話で大工さんに御相談だ。
「……うん、はい。じゃあ、よろしくー」
マダムは部屋の大きさを伝えて、日程や予算などを確認した様子。
「取り敢えず一週間休みにします。久美ちゃん、表に貼り紙しておいて。理由は『店内改装のため』でいいわ。工事は二、三日で出来るみたいだし、久美ちゃんは三日間お休みでいいです」
「はい、分りました」
久美子は突然のお休みに戸惑った。明日から三日間も何をしようかと。そっと猫たちの頭を撫でる。店内清掃をして帰るとき、窓にはフクマルくんが夕日で寂しそうに久美子を眺めていた。
「バイバイ、またね」
フクマルくんは返事代わりに前足を振ってくれた。
猫カフェFFに久美子が出勤すると店内の改装は終わっていた。
入口からカフェとキッチン。左手はガラスサッシで仕切られた猫ルームになっていた。奥にトイレ。洗面台も増設してある。
「綺麗になりましたね、マダム」
久美子は思わずそう口にした。
「ちょっと狭くなってしまったケド」
久美子は次に猫ルームを見た。
フクマルくんとミヤビちゃんが、新居でくつろいでいる。お客さんの座る椅子と猫の遊具が置いてあった。
「今日は片付けるのを手伝ってね。新メニューを考えたの。見てみて」
マダムは一枚の紙を取り出して見せてくれた。
猫カフェFFメニュー
コーヒー 400円
紅茶 400円
アイスティー 400円
サイダー 400円
オレンジジュース400円
サンドイッチ 800円
フルーツパフェ 1000円
「他に何かあるかな?」
マダムの問いに久美子は応じた。
「例えば、煮干し500円とか、キャットフード500円とか。猫カフェは猫が売りですから」
「そうね。他店では猫ルーム1000円とかだもの。うちの儲けはトントンで良いの」
良心的価格である。
マダムは綺麗になった店内に御機嫌ではあったが、突然の出費は痛い状況だ。
「お掃除してメニュー表を作ったら、保健所に見てもらって営業再開しましょう」
「はい」
何気に猫ルームを見ると、フクマルくんがこっちに猫招きをしていた。おや、偶然かな。確か三日前の帰り際もしていたような。
ミヤビちゃんはスマートに外を見ていた。
「マダム、見て下さい。フクマルくんが猫招きをしていますよ」
久美子が指差すとフクマルくんがニャンと可愛く鳴いた。
「いつの間に覚えたのかしら。ふふふ」
とマダムも自然に笑顔となった。
午後には保健所の職員が見に来て、
「綺麗になりましたね。衛生的にも問題ないでしょう。可愛い猫ちゃんですね」
五十代のオジさん職員は、フクマルくんの猫招きを見て頬をゆるませた。
「では、失礼します」
「ご苦労さまでした」
マダムと久美子は最敬礼するように頭を下げて保健所職員を見送った。
「さあ、お店を始めましょう」
「はい」
返事をして久美子は仕事に取り掛かった。
あらためて猫ちゃんとの仕事は楽しいと思った。
どうやらフクマルくんは猫招きを覚えたらしい。窓の外に猫招きをしていた。
そのお陰で、お店の前で足を止める人が多い。
今日は日曜ということもあり、オープンと同時に猫好きの皆さんが入店してくれた。
「猫ちゃんに呼ばれてね。初めて入ったよ」
新規のお客さんが言う。男性の方だ。
「ペットショップとは違うのかな?」
そんな問いに、久美子は真面目に答える。
「ええ、売ってはいませんが、猫ちゃんと楽しいひと時を過ごせる喫茶店です」
今もフクマルくんが猫招きをしたので、女性のお客さんが来た。
「やっぱり福猫ですね」
久美子はマダムにそう言って笑った。