彼女の執事様〜ゆいこのトライアングルレッスンU〜
扉が開き、ゆいこが店に入ってきた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
黒ぶちのメガネをかけ、黒のタキシードスーツに身を包んだオレが出迎えると、ゆいこが俯いた。
「いかがなさいました、お嬢様?」
よく見ると、彼女の肩が小刻みに震えている。
「…ゆいこ。お前、絶対笑っているだろ?」
ゆいこは、もう我慢できない、とばかりに吹き出すと、お腹を抱えて笑い始めた。
「だーってぇ、タクミが執事だなんて、おっかしくて〜」
「うるせー。オレだって好きでこんな格好してんじゃねーよ」
きっちり締めたネクタイがたまらなく窮屈に感じ、片手で緩めた。
今日は、オレとヒロシが通う大学の文化祭3日目。
オレ達のサークルの出し物は「執事カフェ」。正直、今更感もあるが、なんでも30年続く伝統ある店らしく、OBの強い希望もあって今年もやることになったのだ。
「ごめんごめん。タクミがあんまりにもカッコよくて、笑っちゃった」
「どういう理屈だよ、それ」
笑いすぎて涙目になっている彼女を窓際の席へ案内し、椅子を引いた。
「さ、ゆいこお嬢様。こちらのお席へどうぞ」
「あ、ありがと」
「お飲み物は何になさいますか?」
「うーん…」
コホンと咳ばらいをすると、ゆいこは足を組み、髪をかき上げながら言った。
「それでは、ロイヤルミルクティーをいただこうかしら」
「なんだよ、それ!あっはははは!」
「ひっどーい!そんなに笑わなくてもいいでしょ!」
「悪い悪い。かしこまりました、お嬢様」
拗ねるゆいこの頭を撫で、オーダーをするためカウンターへ向かった。
ロイヤルミルクティーが出来るのを待つ間、テーブルに座るゆいこはキョロキョロと部屋の中を落ち着きなく見渡していた。
「ゆいこ、来たんだな」
遅めの昼休憩を終えたヒロシがカウンター奥から出てきた。
「おう、おかえり。少し前に来たからオレが担当してるよ」
「…そうか」
一瞬だけ残念そうな顔を見せたが、受付から声がかかると、ヒロシは扉に向かった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
出迎えた客の女の子達から歓声が上がる。
悔しいが、メガネをかけ寡黙な雰囲気をまとうヒロシには執事姿がよく似合っていて大人気だった。
ファンになったらしいあの子達は、なんと来店7回目だ。
ふと、ゆいこへ目をやると、彼女はヒロシのことをみつめていた。悲しそうな顔でポツンと座る姿を見て、オレの心が少しだけ痛んだ。
やがてオーダーをとりカウンターへ戻ってきたヒロシに、オレは自分のトレーを差し出した。上にはロイヤルミルクティーの入ったカップが1つ、用意されている。
「これ、ゆいこのテーブルに持っていけ」
「え?でも、ゆいこはタクミの担当だろ?」
「いいから行けよ。お前の客はオレが担当するからさ」
「……」
「ゆいこにあんな顔させんな。ここはオレがなんとかしておくから、早く行け」
寂しそうに窓の外を眺めるゆいこを見て察したのだろう。ヒロシはオレからトレーを奪うと、ゆいこのテーブルへと歩き出した。
「タクミ、悪い!」
軽く手を挙げ、ヒロシの背を見送る。
ファンの1人が、別のテーブルへと向かうヒロシに気づいたようだ。
突然現れたヒロシに驚きつつも、満面の笑顔で紅茶を飲むゆいこに、そんな彼女を優しい眼差しでみつめるヒロシ。
女の子達から悲鳴のような声が上がった。
「……やれやれ」
オレはため息をついた。
「さて。どうやってあの子達のご機嫌をとるかな…」
とりあえず、オーダーとは別にケーキを用意してもらうことにした。
「トライアングルレッスンU」に投稿した作品です。
今回も不採用でしたので、供養いたします。
(ちょっとだけ加筆しました)
楽しんでいただけたら幸いです。