表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/36

私とわたし

 魔族。

 それは人の形をした魔物、と言うのが通説だ。元より一般的な動物より知能の高い魔物がより知恵を持ち、人に擬態し始め、より効率的に人間を狩れる様になった姿と言われている。

 動物と魔物の違いは魔法を使えるか否かであり、その分類で言うなら、人間もどちらかと言うなら魔族なのでは? と思わなくもないのだけれど、人間と魔族には明確に違いがあり、またはっきりと敵対している。

 不意に出逢えば迷いなく殺し合ってしまう程に。


「ひっ…………!」


 ファーガンベルク城の一角、崩れた塀とその周りに生えた木という私だけが知る秘密のスポットに、それは現れた。歳の頃は、多分10歳くらいだろう、『私』の事なのだからよく分かる。

 そう、現れたのは『私』だ。私の前に『私』が現れた。アンジェリカ・テレーゼ・フォン・ファーガンベルクの前に、『アンジェリカ・テレーゼ・フォン・ファーガンベルク』が現れた。

 例えある程度の検討がついていたにせよ、やはり、実際に目にすると違う感慨が湧いてくる。

 今の私は、15歳だ。

 ならば目の前の『私』は、五年前の存在という事。

『私』が増えたというわけではない。

 私が、五年前の世界に降り立ったのだ。

 原因はわからないけれど、しかし魔王の魂か、あるいは私に止どめを刺してくれたお兄様かが、何らかの要因であるには違いないと思う。だって、私の最期の記憶は、魔王に引導を渡したお兄様なのだから。

 いや、原因については一旦置いておこう。考えてどうにかなるものでもないだろうし、目の前の問題からすればちっぽけなものだ。

 重要なのは、今この瞬間。私を魔族だと勘違い――魔王になっていたのだから、あながち間違いでもない――してしまっている『私』の誤解を解き、現状を打破する事だ。

 魔族ではないと誤解を解くにはどうすればいい? 『私』は何と言われたら納得できる?

 考えろ、考えろ………………。

 あっ、『私』が逃げた。

 木から飛び降り追い縋る。腰の抜けた『私』のへっぴり腰では碌に距離も稼げず、私は直ぐに追いついた。

 首の前から右腕を回す様に纏わり付かせ、左腕は顎から下、人差し指を縦にして唇に添える。背中から密着し、身長差から覆い被さる形となって、顔は『私』の右側に並んだ。


「しーーーーー………………」

「…………っ! !! ……!」


『私』はあわあわと口を動かしながら、言葉にならない声を紡いでいる。何とか声を絞り出そうとしているけれど、極度の緊張と、私の静かにする様にという注意を受けて声にならないみたいだった。


「貴女、名前はアンジェリカで合ってる?」


 こくこくと、首周りが壊れてしまった人形の様に必死に頷く『私』。


「えーとね、貴女、今、何歳? ああ、口に出して答えていいわよ? 勿論、小声だったら私も嬉しいのだけれど」

「じ、じじじゅっ、10歳、です」


 今度は生まれたての子鹿の様に全身をプルプルと振るわせ始めた。

 そして、そうか。やはり『私』は10歳だった。正しく五年前という事なのだろう。

 ――あれ、そう言えばお兄様は私と5歳差で20歳になっていた。そして、今は五年前ということで、15歳。

 今の私も15歳。

 やだ、私ったらお兄様と同い年?

 どうしましょう、双子で通るかしら。

 いや待って…………お兄様の誕生日は雪の月(11月)で、私の誕生日は花の月(7月)だから、もしかして、今の私の方が年上?

 お兄様じゃなくて、弟? 私が姉? お姉様?

 そんな益体もないことを考えていたら、胸元から物凄い振動を感じ始めた。私に抱きつかれた形にある『私』が青い顔を、というより最早死人の様な顔をしながら震えている。


「えっとね、アンジェリカ……ちゃん」


 呼び捨てにするのも違う気がして、咄嗟に出たのはちゃん付けだった。結果として自分を自分でちゃん付けして呼ぶという、なんともむず痒い気分になったけれど。


「私ね、こう、なんか角がついてるんだけれどね、魔族じゃなくて、人間なの」


 反応はなく、ただ震え続けている。完全に恐怖に飲まれてしまって、そもそも話が通じる段階にないのかもしれない。

 どう説得したものか……。

 何より一番の原因はこの角だ。今の今まで気が付かなかったが、黒く変色した髪と同じく、魔王の魂が私の体に取り憑いた影響の一つなのだろう。そうであるなら、魔族というのも間違いではないのが辛いところだ。

 『私』をこの場で説得しきれなければ、きっとファーガンベルクは大混乱に陥るだろう。こんな城の間近に近づかれるまで魔族に気が付かなかったなんて国防級の問題に違いない。なんとか誤魔化し切らないと。

 角を折ってみる? 確かに消せるには消せるだろうけれど、それで『私』は納得できるのか? それに、結構痛そうだからあまりやりたくない。

 なら隠してみる? しかし既に角を見られた以上は隠そうと意味がない。けれど、見えなくするというのは良い案かもしれない。折る以上に静かで気付かれにくく、元々角などなかったかのように見せかけるのだ。

 私は魔法を行使する。かつての私の魔力では、ちっぽけ過ぎで使うに能わなかった魔法は、今となってはかなり自由に行使できる。それはきっと魔王の魂の影響だろう。私の体からその魂が消え去ろうと、その影響は体と同じく残っている。だからこそ、魔法はあまり使いたくない。何かの拍子で、この五年前の世界にもあるだろう魔王の魂を誘引してしまうかもしれないし、そうでなくとも、また力に溺れてしまうかもしれないから。

 けれど、今は緊急事態。しのごの言っている場合ではない。

 角に魔力を纏わせるようにあてがう。そこから光の魔法を行使して、そこにある物体を透けて見えるように変化させる。

 本の知識でしか見たことがない、上級魔法。ぶっつけ本番で、成功するはずはないだろうと心の隅で思っていた。どうやって言い訳しようか、本当に角を折ってしまおうかなどと、失敗する前提で次の手を講じようとしていた。

 返ってきたのは確かな手応え。私がかつて経験した、数少ない魔法を行使できた際の反応がする。


「ほら、アンジェリカちゃん。ちゃんと私を見てみて。確かにちょっと変な髪色だけど、どうみても人間だから」


 そう言って私は『私』を解放した。おっかなびっくり『私』は振り向いて、私の頭の右上を見て口をあんぐりと開いた。


「え……? だって、さっきは……あれ?」


 よし、上手く誤魔化せている。

 光の魔法は単に暗がりを照らしたり出来る他、発展したものでは浄化を行うことができる。特に魔物と浄化の相性は良く、弱い魔物であれば浄化の光に照らされるだけで塵となって消えてしまう程だ。

 一方で、私が使ったのは光を折り曲げる魔法。近いものでは鏡がある。光が届くからこそ人は目でものを見ることができる。そして光は真っ直ぐに進むものであるから、それを見せたくないものを避けるように折り曲げてしまえば見えなくなるといった寸法だ。

 本に存在だけが記されていて、けれどそれを使えるものは殆どいないとされている光を屈折させる、隠蔽魔法。まだ魔法の勉強に対してやる気があった頃、本で聞き齧った知識だけで再現してみたけれど、まさか私にできるとは思いもよらなかった。これもまた、魔王の魂の影響によるものなのだろうか? こうして身の丈に合わない不相応な高度な魔法を容易く使わせて、再び思い上がらせる為に?

 魔王の魂が私に取り憑いたばかりの頃を思い出す。体の底から汲めども汲めども尽きない無尽蔵の魔力と、降って湧いた想像するだけで結果を引き寄せる高度な魔法技術は、私というちっぽけな人間を飲み込むのにそう時間を掛けなかった。

 ……やっぱり魔法は慎重に使った方がいいかな。隠蔽魔法も、角以外には使わない方がいい。きっとそう。間違いない。


「ごめんなさいね、私もちょっと派手な見た目なのをわかっているべきだったわね」

「派手って……いえ、まあ、確かにその髪色と、目の色は目立っていますが……」


 あら、目の色も変わってしまっている? けど、今更隠すのは角のこと以上に不自然だ。このままにしておこう。それに多分、隠蔽魔法を使うとよく見えなくなってしまいそうだし。

 さて、誤解も解けた……とは言い切れないけれど、このまま勢いに任せて押し通そう。『私』なら、それで流されてくれるはず。


「私はね、実はここのお城で生まれたの。けど、この髪の色のお陰で住みづらくてね、他の場所に住んでいたの」


 『私』が驚いた様子で目を見開いた。

 私という存在は五年後からどういうわけか時間を遡行してやってきた存在で、つまりこの世界の異物である。家族はいるが、それは『私』の親であって、私の家族ではない。住む場所も、何もかもがそうだ。『私』がいる場所に私の居場所はない。

 なら、私の居場所を居場所を作り出してしまえば良い。私という存在がある理由をでっち上げるのだ。


 「アンジェリカちゃんもこのお城に住んでいるのよね? お父様とお母様は、このお城の城主、ファーガンベルク公爵夫妻でしょう?」

「は、はい」

「私も姿絵で見たことがあるけれど、貴女はお母様によく似ているわね。その金色の髪も、青色の瞳もそっくりだわ」

「……ありがとうございます。ですけれど、あなたも、その、左側だけですけれど、私と同じ金色の髪で、青色の瞳で、とても美しいと…………え?」


 私は非才だけれど、そこまで察しが鈍いわけではない。人並みに証拠から推測することはできる。

 半分が黒髪で、もう半分は見覚えのある金色の髪。

 半分が黒目で、もう半分は見覚えのある青色の瞳。

 そして、何度も対面や鏡で見てきた、見覚えのある顔立ち。


「あの……あなたのお名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか…………」


 消え入るように、けれどはっきりと耳に残る声で、その質問は発された。

 対する答えは、予想通りであり。


「アンジェリ……こほん。ええと、私の名前は……そう、アンジェラ・ファーガンベルク。多分、貴女の姉に当たる者よ。よろしくね? アンジェリカ」

未来のアンジェリカの偽名はアンジェラになりました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ