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騎士ハードの彷徨  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!


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6/7

鳴き声

 

「ソニア嬢、少しお時間よろしいですか」

 ジュグラから離れた後でそうソニアに持ち掛けてきたレスリーの目は、どこか据わっていた。

「ちょっと、二人きりでお話が」

「……ええ、構いませんが」

 戸惑うソニアの手を引いて、レスリーは大広間の出口へと歩き出した。

「レスリー卿、いったいどちらへ行かれるのですか」

 自分の手を引いたまま、速度を緩めることなくホールの外へと出たレスリーに、ソニアはついに非難めいた声を上げた。

「お話なら、大広間でもできるではありませんか」

「なあに、ちょっとした余興ですよ」

 振り返ったレスリーは笑顔だったが、その表情には余裕がなかった。

「ジュグラ卿への挨拶は済ませた。あとはいつもと変わり映えのしない面子ばかり。そうでしょう」

「それはそうですけれど」

 ソニアの頭をよぎったのは、ナーセリから来たという静かな目をした騎士の姿。

 珍客と言えば彼くらいのものだったが、今はその姿は見えなかった。

「だから、退屈しのぎにちょっとした冒険をしようじゃありませんか」

「冒険?」

「百薬鳥」

 レスリーは、その言葉を口にした途端ソニアの表情が強張るのを見て、軽い笑い声を上げた。

「先ほど、ジュグラ卿がおっしゃっていましたね。男には聞こえぬ鳴き声を上げる鳥だと。しかもどうやら、夜行性の鳥のようだ」

 レスリーは玄関ホールで足を止め、耳に手を当てる仕草をしてみせた。

「私には、大広間の喧騒以外何も聞こえません」

 そう言って、やや青ざめた顔のソニアの顔を見る。

「ソニア嬢には聞こえるのでしょう、その鳥の声が。どちらの方角から聞こえるのですか」

「まさか」

 さすがのソニアも、声を微かに震わせた。

「その鳥を見に行こうというのですか」

「聞いたこともない鳥ですし、百薬にも勝るというその肉は高く売れそうだ」

 レスリーは微笑んだ。

「何か、新しい商売に繋げられないか。あなたのご両親ならそうお考えになるのではありませんか」

「私の父母なら」

 そうだろうか。

 手堅く細心な父の慎重さと、新奇なものに目がない母の柔軟性。それがリッカード商会という車を動かす両輪だった。

 だが、あの母とて興味を示すだろうか。

 今も聞こえているあのおぞましい声を発するような鳥などに。

「ジュグラ卿は、男性には聞こえないとおっしゃいましたが、本当にレスリー卿にはお聞こえにならないのですか、あの声が」

「何にも」

 レスリーは首を振る。

「どんな声なのですか」

 そう言って、もう一度耳に手を当てる。

「女の声のようだと言っていましたね。何か言葉のようにも聞こえるのですか」

「いいえ」

 ソニアは首を振った。

「悲鳴です。ずうっと、苦し気な悲鳴を上げております」

 その言葉に、レスリーは一瞬絶句した。

「それは耳障りな」

「ええ。ですから、やめましょう」

 ソニアは自分の腕を抱いて、手でさすった。

「気味が悪いですもの」

「ますます興味が湧きました」

 レスリーは言った。

「実物をこの目で見たい」

「嫌ですわ」

 ソニアは首を振る。

「どうしてもとおっしゃるのでしたら、どうぞお一人でお探しになって」

「私には鳴き声が聞こえないのですよ。あなたに来ていただかなければ、どこへ行けばいいのかも分かりません」

 レスリーは執拗だった。

 普段は明るくて社交的なこの青年貴族を、こんな陰惨でつまらないものにいったい何が駆り立てているのか。

 ソニアは奇妙に思った。

「どうしてそこまでなさるのです」

「不安ですか、私と一緒でも」

 不意にレスリーは自分の筋肉を誇示するように、太い腕をソニアの腰に回して彼女を引き寄せた。

「あなたに何かあろうとも、守れるくらいの力はありますよ」

「それはもちろん存じております」

 ソニアはさりげなく彼の厚い胸板を押して距離を取ろうとした。

 けれど、レスリーはますます強い力でソニアの身体を引き寄せる。

「アレン公の銀鉱山は、私のいくつもある出資先の一つにすぎません」

 レスリーは言った。

「収益が出ればすぐに手を引きます。ずるずるとはいきません」

 その言葉で、ソニアはレスリーが先ほどのジュグラからの警告を気にしており、それによって自分の面子が潰れたと感じているのだと気付いた。

「ええ、そうでしょう。もちろん」

 ソニアは相槌を打ち、今度はもう少し強くレスリーの胸を押した。

「商売とはそういうものですもの。レスリー卿に限って、失敗などなされませんでしょう」

 それを聞くと、レスリーはようやく安心したように腕の力を緩めた。

「ええ、そうですとも」

「ですから、あんな気味の悪い鳥のことなど忘れて、大広間へ戻りましょう」

 ソニアは努めて明るい声で言った。

「私、エルハド卿にもご挨拶しなければいけませんの。レスリー卿も付き合ってくださいますか」

「それはもちろん」

 レスリーが頷く。その笑顔に険しさがなくなったのを見て、ソニアが安堵した、ちょうどその時だった。

「失礼」

 背後から聞こえたのは、低く陰気な声だった。

 振り返ると、そこにあのナーセリの騎士が立っていた。

「百薬鳥の鳴き声がすると言われて、ここまで来たのですが」

 感情の読み取れない表情のまま、ハードは言った。

「私には聞こえぬので教えていただけませんか。声は、どちらの方から」

「……百薬鳥だと」

 一瞬呆気にとられたレスリーだったが、すぐに口元に皮肉な笑みを浮かべた。

「それを聞いてどうするんだ」

「我が国にはいない鳥ゆえ」

 騎士ハードの声は、あくまで陰気だった。

「旅の記念に、この目で拝んで帰ろうかと思っております」

「やめておいた方がよろしいですわ」

 とっさにソニアはそう言っていた。

「物見遊山で見るものではないと思います。きっと良いことはありませんわ」

「ええ、そうでしょうな」

 ハードは、ソニアの答えを予想していたかのように淀みなく頷いた。

「だからこそ、です」

 そう言ったときの、ハードの目。それを見た瞬間、ソニアは全身が総毛立った。

 ぞくりとする、などという生易しいものではなかった。

 全身から、一瞬にして血の気が引いたかのような心地がした。

 ハードの目に浮かんだ、底のない沼のような闇。

 それはごく一瞬で消えたが、ソニアはエドの不吉な言葉を再び思い出した。


 あの連中が来るところには、魔人が出るような気がするんですよ。


「またとない機会です。ぜひ、この目で見てみたい」

 その言葉に、静かな熱意が込められていた。

「お教え願いたい。声は、いずこから」

「貴殿、見るだけでは済まないのではないか」

 レスリーが言った。

 警戒するように、ソニアの前に立つ。

「百薬鳥を、どうするつもりかね」

 レスリーが視線を落とす。ソニアもそれで気付いた。

 ハードの腰には、先ほどは佩いていなかったはずの剣が提げられていた。

 一目でわかる、使い込まれた柄。

 それは、やはり彼がナーセリの騎士と呼ばれる、戦いを生業とする人間であることの証のようだった。

「その剣で、どうにかするつもりではないのか」

「あるいは」

 ハードは否定しなかった。

「そうなるやもしれません」

 その言葉がレスリーの商魂に火をつけたようだった。

「騎士と名乗りはしたが、ずいぶんと目敏いのだな」

 レスリーは挑戦的に言った。

「百薬にも勝る霊鳥の肉なら、さぞかし高く取引されることであろう」

 ハードは曖昧に首を傾げる。

「ソニア嬢、私に教えてください」

 レスリーは言った。

「この異国の男に横取りされるわけにはいきません」

「方向を教えていただくだけでいいのです」

 一方のハードは、あくまで淡々としていた。

「後は大体分かりますから」

 なぜ分かるのか。何が分かるのか。ソニアには、それを聞くのはためらわれた。

 無言で二人の男を見るソニアの耳に、またあの耳障りな悲鳴が響く。

「多分」

 思わず、ソニアはそう口に出していた。

「出て右手の森……」




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― 新着の感想 ―
うわぁ急に更新が来た… 雰囲気がもう吸血鬼ハンターなんよ
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