破滅の魔女は眠れる世界で殺戮を繰り返す8
重苦しい雰囲気が漂ってる。原因は唐津屋先生にある。
いつもは適当に仕事を投げてどこかへ行ってしまうのに、あろうことか同伴すると言い出したのだ。重い空気の発生源はもちろん善華だ。どうやら想像以上に彼女は唐津屋先生を嫌っているようだ。好き嫌いで物事を判断しない善華でも、だらしなく踏ん反りかえってる先生には思うところがあるわけである。
「タバコ吸っていいか?」
「邪魔するなら帰っていただいて結構ですよ?」
「つれないなあ」
くしゃくしゃになったボックスから半身だけ覗かせた一本のタバコを仕舞うと、唐津屋先生は胸ポケットから別のタバコらしきものを取り出し、それに火をつけた。
「……誰も許可した覚えはありませんが?」
「タバコじゃなくてハーブだ。これ吸うと気分が良くなる」
「うげっ、確かにタバコじゃないですけどきっついですね!」
奏芽が鼻を押さえて手で匂いを払った。
「タバコよりヤバいものなんじゃ……」
「風紀委員に捕まるヘマはしねえよ」
それ先生が言っていいセリフじゃないと思う。
「ということは陰でやましいことしてるんですね?頑張ります!」
「坂月、妙なとこで気合い入れんでいいぞ」
格別の笑みで拳を握る善華。上司の不祥事にノリノリである。なかなかお目にかかれない善華に、やっぱり唐津屋先生は嫌われるんだなと再認識させられる。
「それと、ハーブを燃やすのも禁止です。うちの可愛い犬さんが使い物にならなくなったら先生、どう責任とっていただけるんですか?」
「か、かわいいって……!」
なぜそこで嬉しそうにする、奏芽。
尻尾を振る姿がお似合いだ。今度躾けるのも悪くないかもしれない。なんにせよ、先輩として軟弱な男に育てるわけにはいかない。心を鬼にせよ、私。
という茶番はさておき、私たちは犯人の住居を捜索中である。
「しっかし、雑然としてるなぁ。もうちょっと掃除しとけよな」
「先生、自分のデスク見たことあります?」
私は知ってる、唐津屋先生のゴミゴミとしたデスクを。私のツッコミをスルーして、唐津屋先生は部屋を踏み荒らした。土足である。埃が舞っているのが確認できた。
佐藤耕作。電気工学のスペシャリストで、それなりに名の知られた人物だった。だった、というのは佐藤耕作は7ヶ月ほど前から消息を絶っており、学園から出ていないことだけがはっきりとしている状態だからだ。そして、彼は電気工学で有名になったわけじゃない。
それは、金庫破りである。彼は他の風紀委員によって一度アウトをもらっている身だ。それゆえに監視対象でもあった。彼が捕まった原因は彼自身にはなく、仲間のヘマから足がついたと報告書には書き記されている。
「佐藤は有能な男だ。風紀委員会も捕まえたあとスカウトしたぐらいにな。おいしい話をやつは蹴った。そして、事件を起こした」
つまり、お偉いさん方はこの事件に関心を寄せている、と。
回りくどさにも定評のある唐津屋先生である。上層部がそういうことを大っぴらに公言できないのは重々承知してるけど、やっぱりそういう事情は下っ端には知ったこっちゃない。
とにかく唐津屋先生が同行する理由は、この事件を報告書すら残さず闇に葬りたいからである。後処理は楽だが、あまり良い気分にはなれない。だってそれは、私たちが良いように使われてるってことだから。
「ここ最近使われた気配はなさそうですね」
「桜井、見ればわかる」
「あー、うん。ですよね!」
唐津屋先生は奏芽になぜか冷たい。その程度でへこたれない奏芽もなかなかの精神力の持ち主だ。
さて、わざわざ佐藤が消息を絶ってから一度も使われてない部屋を訪れた。理由は奏芽の追跡能力ではなく、確実に善華の能力の一部であるサイコメトリーにある。それをすでに察してか、善華は機嫌が悪そうに目を閉じている。
「あまり気乗りしませんね。帰っていいですか?」
「まあ、そう言うなよ、坂月。俺とおまえの仲だろ?」
「虫唾が走りますね」
「おー、こわ」
全然悪びれた様子もなく唐津屋先生は現場を物色しだした。この人は本当に風紀委員の顧問なのだろうか。やっちゃいけないことのオンパレードだ。
「そんじゃ、頼む」
さっきまでのやり取りがなかったことのように話を進める唐津屋先生に白い目を向ける善華。無言の抗議も唐津屋先生には効果がなかった。ついに観念して溜息一つののちに善華は能力を行使した。
光がババーンと迸ったり、オーラで空気が歪んだりすれば分かりやすいんだけど、そんなこともなく善華のあっさりと過去視は行われた。その代わり、善華の顔はみるみる険しくなっていった。
「このところ溜息がでることばかりですね」
「難儀な性格してんなー」
一番言っちゃいけない人物が呆けた調子で口にする。いや、一番言っちゃいけない人物だからこそ言っちゃいけないことを口にするのだ。
「先生、最初から予測済みだったわけですよね。本当にやな性格ですね」
「まあ、たまには仕事しないとな」
自分でそれ言っちゃうかー。
話が読めないけど、どうやら唐津屋先生の采配に間違いはなかったらしい。善華だからこそ、その事実に近づくことができた。そう受け取っても遜色なさそうだ。
「えーっと、要するに……どゆことですか?」
「奏芽の出番ということよ」
「えっ、俺ですか?」
「佐藤に接触したとある男の匂いを渡すから、それを頼りに追跡を開始するのよ」
一瞬のことだったけど、唐津屋先生が善華と奏芽の様子をニヤニヤと観察しているのが見えた。私に気づいたのか、関心がないようないつものだらしない態度に変わる。どうにもこの先生の魂胆が読めなかった。
現時点でわかるのは、善華が機嫌を損ねるほどの重要人物が、小坂井結菜とは別にこの一件に絡んでいる、ということだ。
そして、それを私に伝えあぐねてる。つまり、私と深く関わる人物だということである。
「前から一発ぶん殴ってやろうと思ってたからちょうどいいわ」
善華らしくない物騒なことを言わせるロクでもない男であることは確かだ。