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破滅の魔女は眠れる世界で殺戮を繰り返す7

 「あー……おまえらに新しい仕事だ」


 突然やってきた唐津屋先生は唐突に話を切り出した。

 朝のゆったりとした一時にコーヒーの味わいと匂いを堪能していた私と善華は、先生に目を合わせようともしなかった。

 先生は気にする素振りを見せなかった。入室して早々に欠伸までする始末である。

 苦いものが苦手な奏芽だけはお茶を飲んでいて、ノックもなしに入ってきた先生を歓迎した。


 「おはようございます!」

 「おまえ、いつも元気だな。まあ、いいや。仕事の内容なんだが……」

 「先生、私たち担当している殺人事件があるはずですけど?」

 「現場検証を含む報告書は全て他のチームに回した。担当から外すわけじゃないが、それよりも優先することができたんだ」


 抗議するも、上の決定には逆らえない。釈然としないながらも私は唐津屋先生から資料を受け取った。


 「昨晩、何者かが保管庫に侵入した。そこに保管されてたのは……卒業した生徒の個人情報だ」

 「さらっと重大なこと口にしないでいただけますか?」


 善華が高圧的な口調で先生を責めた。

 卒業生の個人情報には実績はもちろん、生徒の異能の詳細も含まれる。国家機密と言っても過言じゃない。当然、保管庫のセキュリティはこの学園でトップを争うほど厳重で、唐津屋先生の軽いノリに付き合ってる場合ではない。


 「救いなのは、犯人の目星がついてることだな」

 「なら、解決なんじゃないですか?」


 もちろん、そうじゃ済まないことは心得てる。いつも気怠そうにしてるけど、きっちり仕事はこなす人だ。無駄なことをするはずがない。

 

 「厄介なやつが絡んでる。おまえたちも一度は耳にしたことがあるだろうな。そいつのせいで実行犯の足取りが途絶えた」

 「逃がし屋ですか。うちのチームに話が降りてくるほど手こずっているとなれば、人物は相当限られますね。なんなら言い当ててみせましょうか?ご褒美をいただけるようでしたら」

 「イヤだ。おまえ絶対当てるもん」


善華の提案を子供みたいに拒否する。

教師としてその返し方はどうなんだ?


「ちなみに、誰だと思った?言ってみ?」


 万が一外したら煽ってやろうという魂胆が見え見えのいやらしい笑みを浮かべる。教師の風上にも置けない男だ。


 「『ゴーストウィスパー』」

 「……ほんとつまらんなー。はぁー、つまらん」

 「本当に教師の言葉ですか、それ?」


 蔑みの目を向けられ咎められても、無精ヒゲを撫でるだけで反省の一つもない。それどころか、何事もなかったように話を進めた。

 『ゴーストウィスパー』。その通り名は私にとって特別な意味を持つ。善華の口からその名を聞いた時、私の心臓は一際大きな音を立てた。

 だって、その通り名は……。


 「小坂井結菜。異能者の中でもごくごくポピュラーな異能であるポルターガイストの使い手だと解釈されていた。ところが、だ。学園に入学してすぐ小坂井は頭角を現した。霊能者にカテゴライズされる異能者の一般的なレベルは、一人につき一体、優秀な人間でも五体程度の霊を扱うのが精々だ。まあ、細かい話をすれば一体でも強力なのを使うのもいるから一概には言えないが」

 「……『ゴーストウィスパー』が従える霊の総数は百を超える」

 「そのとおりだ。仕事熱心だな、蓮代寺。予習に余念がないのは良いことだ」


 唐津屋先生が珍しく素直に人のことを褒めた。そのことに気が回らないほど私は動揺している。まさかこんなすぐに、結菜の影を追うことになるなんて。まるであの日から止まっていた時間が動き出したかのようだ。

 会いたい。結菜に会いたい。あの皮肉屋の憎まれ口を、また傍で聞きたい。

 舞い上がった心を気取られないように平静を保つ。唐津屋先生は勘がいい。やる気のない態度を取りながら目は鋭く周囲をよく観察している。変に勘繰られてはいけない。

 眠れる世界の結菜は私の親友ではなく、要注意人物のリストに載るぐらいの犯罪者なのだから。


「小坂井はその圧倒的な数のゴーストを駆使して、金のないところに金を湧かせた。犯罪者のコンサルタント業。そして、その顧客への情報提供。『ゴーストウィスパー』の手口が浮き彫りになった頃には、小坂井の保有資産は学園内で指折りになるまでに成長していた。今でこそ、一斉検挙でやつの顧客の殆どは潰れたが、小坂井自身が尻尾を出すようなことは一度たりともなかった。ゆえに、ついたあだ名は『ゴーストウィスパー』。現場に踏み込んでも幽霊に唆されたんじゃないかと疑ってしまうほどに小坂井の痕跡が綺麗さっぱり消えてしまってる。正体が小坂井結菜だと判明してもなお、消息を掴めていない」

「そ、そそそそんな大物の相手を俺たちさせられるんですか?」


奏芽の舌が緊張で縺れる。

自身の評価を低くする傾向があるけど、奏芽は間違いなく第一線級だ。良く言えば謙虚、悪く言えば自信がない。

今度簡単な事件があったら、奏芽主導でやらせるのも貴重な体験になっていいかもしれない。


「『ゴーストウィスパー』に挑戦できるなんて光栄の極みですね。風紀委員会にとって、彼女はまさに亡霊ですから」

「おまえも生ける伝説として名を馳せてるじゃないか」


善華は唐津屋先生を無視して、一瞬だけど私に視線を送った。気にかけてくれているんだろう。

元々私は感情的な人間だった。その時の記憶はまだ全然戻ってない。それでも、善華の憂慮は理解できた。

結菜との思い出も私の脳は引き出してはくれない。そんな穴だらけな記憶でも私はちゃんと結菜のことを親友と認識している。

善華によると、私にかけられたナナシの魔法はもうとっくに解けているらしい。私には思い出したくない過去があって、拒絶したい事実があって、心が壊れないように善華の異能とナナシの異能の一部を本能的に真似して記憶を保護している。そういう状態だと説明を受けた。

どんだけ私の異能は強力なんだ。

そして、厄介なのは善華の異能を模倣している点だ。記憶を司る善華の異能には、記憶の消去や改竄も含まれる。だから、善華に無理矢理呼び起こしてもらおうとしたら、無意識に安全装置が作動して私がクルクルパーになる可能性も捨て置けないのだ。

善華は以前の私を、今とは違う関係ではあるが知っている。それがなんとも歯がゆい。


「さて、今日いっちょがんばりますかー!」


私は腹に抱えたものを吹き飛ばすように気合を入れた。

目の前の問題に対処しながら、まずは過去の私が最後に見た光景の謎を解かなければならない。ナナシと一緒にいた三人が誰なのか、そこに鍵があると信じて。

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