破滅の魔女は眠れる世界で殺戮を繰り返す6
底に沈んでいた記憶が泥をさらいあげるように引き出されていく。それらはやがて溢れ出し、洪水になって私の心に押し寄せてくる。様々な感情が湧き上がり、張り裂けそうになる。
「ああ……否定しようがない。これは、私の記憶だ」
私には大切な仲間がいた。苦楽をともにした五人の仲間。
小坂井結菜。皮肉屋で寂しがり屋で、私の親友。父親が殺人鬼でもうこの世にはいないけど、出会う前はそのことに苦悩していた。
大門京一郎。血は繋がってないけど、私が唯一家族と呼べる男の子。バカだけど真っ直ぐで、いつも私の心の支えになってくれた。
忽那凛。新聞部の先輩で、人を出し抜くことばかりに頭が回る詐欺師だった。私たちも危うく奴隷にされかけた。妖艶で知的な女性で、胸も大きかった。
そして、私が命をかけてでも守りたいと本気で願った私たちのリーダー。彼はナナシと呼ばれていた。認識を司る異能ゆえ、彼の過去は全てヴェールに包まれていた。彼の為すこと、一挙手一投足に私は注目しつづけた。それが私の救いになると信じたから。
だけど、そこまでだった。
どうしても、そこから先を覗くことはできなかった。私の記憶のはずなのに、私の自由にはできなかった。救いとは一体なんなのか。私の根幹にあるはずのそれが何かに覆い隠されている。
それに、最後の一人。私はなぜ彼女を仲間と呼んだのか。彼女は間違いなく敵だった。革命家の隣にいた存在。名前は瑠璃川ゆかり。
学園を視察しにきた政府の監査官を拘束し、殺害に及んだ事件を皮切りに起きた革命。その最初から最後まで、彼女は私たちの前に立ちはだかりつづけた。そう、最後の時まで瑠璃川ゆかりは敵だった。
「ダメね、これ以上は」
善華は握られた手をゆっくりと離した。
「……どうして?まだ私は記憶を取り戻せてない」
「その前に沙緒里の心が壊れてしまうわ。それに、魔法はもう解けてる。沙緒里の記憶が認識できなくなるようなことはもうない」
「え……どういうこと?」
「辛いことをいくつも経験した。沙緒里自身がそれを受け止めることを拒絶してる」
否定できなかった。真実を知りたい。だけど、記憶が鮮明になるにつれて、自分の闇にのみこまれてしまうんじゃないかと恐ろしくなった。
本当の私は、ナナシといた頃の私は今とどう違うんだろう?
「……善華は私の過去を知ってるんだよね?」
「知ってる。非常に不安定な子だったわ。まさか風紀委員に入ってくるなんて思いもしなかった……これ以上は自分の目で見て、自分の感じたことを通して思い出して。沙緒里がこの学園で得た大切なもの全てを振り返って、それが拒絶する理由を超えたら沙緒里の記憶は完全に蘇る」
ぎゅっと善華が私のことを抱き締めてくれる。焦る気持ちが和らいだ。善華は待っていてくれる。こんな不甲斐ない私を。
怖い。過去を思い出したくない。だけど、今なら分かる。破滅の魔女が復活したのなら、私は彼女の企みを全力で阻止しなければならない。
「瓦礫の上に佇む人影が四つあった。私は必死でそこに向かおうとするの。その中にナナシがいたから、私の一番大切な人がいたから……これは世界に魔法がかけられる前の最後の光景。きっとこれが鍵になる。あの日、あの時何があったのか知ることが出来れば、私は記憶を取り戻せるかもしれない」
これから先、私はこの学園で記憶を巡る旅に出る。仲間たちは私と同じように、昔とは全く違う仮初めの人生を送っているはずだ。
会いたい。みんなに会いたい。でも、会ったところで、眠りについた世界じゃ私たちは他人だ。
そして、破滅の魔女を必ず倒さないといけない。
彼女は、破滅の魔女は眠れる世界で殺戮を繰り返すのだから。