彼方より君に捧ぐ3
「おや、来客だ。これほどまでとは侮っていたよ」
「何か手は打ってあるんだろうな?」
「俺の存在がバレなければ死体の一つくれてやったところで損害は軽微だ」
「では、早速引き上げようか」
「仰せのままに」
男は深々と頭を下げ、女は闇の中へ消えていく。そして、男の傍らにあった死体が起き上がった。
旧施設の入り口に到着して私たちは奏芽の結果を待った。自分待ちであることを理解している奏芽はいち早く匂いを辿った。
「間違いなくここですね」
「あの偏屈者も頭はキレるみたいね」
自分の能力に絶対的自信を持っているがゆえの消去法だ。あの朝倉にはこの廃墟以外の選択肢がなかった。それが功を奏したわけだけど、釈然としないものだ。
初対面でここまで苦手意識を植え付けるのだから逆に凄い人物なのかもしれない。
善華と奏芽が銃を手にする。
彼らは能力による戦闘を得意としないため、特定の条件下で特例で発砲許可をもらっている。残念ながら、発砲した際の膨大な始末書の量を考えると引き金はなかなか引けない。
私がしっかりしないといけないわけだ。このチームで唯一戦闘向きの能力を有してるから。
「いくよ!」
正面玄関のドアを叩き壊し、内部に踏み込む。
探す手間が省けたというものだ。もしくは、こちらの動きを気取られていて先回りされたか。
フロアの真ん中に立っている死体の姿があった。
「……私がいく。あれはたぶん陽動よ。二人で本命を探してほしい。その間、食い止めるから」
「倒してしまっても構わないよ?」
「そこまで自信ないなぁ。まあ、リーダーとして頑張らないとね」
冗談めかして笑う。そして、表情を鋭いものにする。
ウォーキングデッドのやつもこちらを察知したようで、一切の逡巡なく距離を詰めてくる。
やる気満々じゃないの。
「さあ!やるよ!」
能力を発動させる。私の周りの空気が竜巻のように荒れ狂う。馬鹿正直に突っ込んできた死体はその影響をモロに受け、吹き飛び、壁に激突する。それでも、ピンピン動くのだから、さあどうしたものか。
とにかく、奏芽の鼻と目で本体を追跡する他ない。私が相手取っている間に動く死体を横切って奥まで進むことができた。とりあえずのアクションは出来たわけだ。
さて、私の能力なんだけど、風を起こすだけじゃなく、空気の壁を作ったり、真空状態を維持したり、人体に接触したら体内の酸素を全部抜いたり、結構色んなことができる。ぶっちゃけ戦闘力だけなら学園の中でも指折りである自負がある。
問題があるとすれば、真空状態であっても体内の酸素がなくなっても、あの死体は意に介さず迫ってくることだ。
相性もしかしなくても悪くない?
何度か空気の塊をぶち当てて派手に転がってくれてるけど、ダメージを負ってる様には見えない。だけど、まあそれだけだ。死ぬ危険性が皆無なら、全出力を攻撃に回せばいい。
それが不味かった。
「それまじ!?」
防御を解いた瞬間、見計らったように単調だった動きが嘘のように研ぎ澄まされた拳が私の右肩にめりこんだ。散々吹き飛ばしたけど、今度は私が飛ばされる番だった。
「あー……骨折れてるこれ……」
心臓めがけた一撃を肩で防いだのはいい。でも、それ以外の判断は最悪だ。
あれはウォーキングデッド、ではない。認識を改めなければならない。知性をもった獣だ。油断すると食い千切られる。
「ねえ!めっちゃ頑丈だけど、それって生前の能力?それとも、ネクロマンサーから賜わった力?まあ、答えてくれるわけないよね。ちょっと滾ってきたけど、あいにく時間なくってさ。命がけでいかせてもらうね」
奏芽のことを信用してないわけじゃない。だけど、この敵は想像以上に普通じゃない。私の不安が的中する前に合流したい。
命を捨てたいわけじゃないけど、そのぐらいの覚悟がないとこの死体を殺すことはできない。
救いがあるとすれば、アドレナリンが分泌されてるせいか、まだそんなに時間が経ってないせいか、ともかくまあ、痛いけどそんなにでもないことだ。一時的ではあるけど、自分の能力を使って折れた腕を動かせる。
それで何をするのかというと、接近戦だ。
パワーもスピードも頑丈さもあちらが上。しかし、戦術の幅は私のほうがある。さっきから重い一撃をいなせているけど、腕が尋常じゃない勢いで悲鳴を上げてる。
全く、誰だこの作戦を考えついたのは!無論、わたしだ。
しかし、ようやく搦め手を狙える。力を蓄積させて、準備を整えることができたわけだ。
拳を受け流すと同時に能力を発動する。受け流した死体の腕が空気の圧でねじ切れる。それで悲鳴の一つも上げないのだから羨ましい限りだよ。
息をつく間もなく私は死体の顔面を掴み、二回目の能力を発動させた。
ぐしゃ、っと首から上が捻り潰される。生きている人間にやったらしばらく食が進まなくなるグロい光景が私の目前で展開される。しかし、その甲斐はあったというもの。ターゲットは完全に沈黙した。
「よし!急いで合流しないと!」
私は息をつく間もなく、二人が通り抜けた通路へと走った。