彼方より君に捧ぐ2
奏芽の先導のもと、学園の中を進んでいく。
仕事道具を片手にせわしなく行きかう人々や、いかにも遊び人を想像させるスーツ姿の男、喫茶店でくつろぐ女の子。服装こそ自由だが、外にいたころと大して変わらない光景だ。ここに来た当初はとても学園の中の光景とは思えなかった。さすがは仮想地方都市といわれるだけの所以がある。
「犬さん、進捗状況は?」
茶化すならまだしも、善華は真顔のままそんなことを言う。彼女の真意を計りかねない分、私は奏芽に同情するほかなかった。奏芽も釈然としてない表情を浮かべている。
「犬より高性能ですよ」
「主張するのそこなの?」
私の突っ込みに得意げに頷く奏芽。彼の思考回路は未だに謎だ。
「俺はこの三人の中じゃ三下もいいところですからね! こういうところで役立ってかないといけないんですよ!」
「心構えだけは認める」
善華はいつも奏芽に辛辣だ。彼をまともに褒めたことは一度たりともない。だけど、善華が奏芽を信頼しているのはこの二年間の付き合いから明白である。
「志は低いように見えるけど……」
「もうじき到着しますよ。もう一分もかかりません」
「犬くん、君の嗅覚がこれまで通り正しいものだとしたら、それはとても厄介なことであると断定できる。残念なことにね」
「え、どうしてですか?」
「答えは目の前を見れば明らか」
足を進める私たちの前に建物の一角が姿を現す。そこにそびえるのは学園内で最大の設備をほこる病院だ。9階まである巨大な建築物と広大な敷地から、捜査の手が阻まれる想像は難くなかった。
「捜査の許可とってきます?」
「いや、そのまま踏み込む」と私は言った。
「避難指示はー……?」
「勧告は本部に伝えて出させるけど待機はしない。どうやらね……気付かれたみたいだし。一気にネクロマンサーの懐まで駆け抜ける」
私はすっと心を入れ替える。戦闘に必要のない思考はすべて排除する。それがこのチームにおいての私の役割だ。
だが、敷地内に入る手前でそれは妨げられた。
「お初にお目にかかります、風紀委員の方々。うちの敷地に何かご用ですか?」
黒ぶちメガネにきっちりとセットされた髪の毛。いかにもな男が立ちふさがった。奏芽が目配せをして私の指示を仰いだ。だが、私にとっても予想外の乱入者だ。
「これはこれは朝倉くん、今日も相変わらず堅苦しくてダサいね」
どうやら善華とだけは初対面ではないらしい。彼の粘着質な笑みがぴくっと上に跳ね上がった。
「ここは私の領域だ。女狐に一歩たりとも踏み入らせるわけにはいかない」
「お言葉ですが、朝倉さん。私たちは捜査のためここに来てるんです」と私は言った。
「許可は申請してあるんですか? 警察の真似事なんでしょうが、そういうところはきっちりしてもらわないと困るんですよね」
当然だけど痛いところを突かれた。
風紀委員は学園において警察のような立ち回りをしなければならない。もちろん、ルールだってそうなるように作られてる。捜建物に入る度に一々許可なんてまどろっこしいものが必要なのもそのせいだ。まあ、私だって無実なのにズカズカと私有地を踏み荒らされたら煮えくりかえるものがある。
善華に何か良い案がないかと視線を送る。ついでに、彼が何者なのかを教えてくれると助かるんだけど。
「彼はこの病院の研究室のトップよ。ついでに言えば私たちのことは嗅ぎつけられるのに、殺人犯が内部に潜入してることは気づけない無能でもある」
「……なんだって?」
「それとも、貴方が匿ってる?」
表情は変わってないのに、奏芽が怯むほどの怒気を纏う朝倉。とうの善華は涼しい顔をしている。
「私の索敵から逃れられるヤツを君はどう見つけ出すというんだ?言っとくが、うちの敷地は学園内でも随一だぞ。だが、君に疑われるというのはこうも癪に障るものだとはな、協力してやらんでもない。もし君の話が事実ならな。証拠を提示してくれないか?おっと、君には触れない形で頼むよ?記憶を改ざんされてはたまらない」
私から見ても嫌なやつだ。善華の能力が能力だけに忌み嫌われる可能性があるのは理解しているけど、こんなにあからさまだと腹がたつというものだ。
「そんなことより貴方が見識を深める名目で図書館で働いた悪事についてお互いの認識を共通のものにしない?」
「……この私を脅すというのか!」
「でかい魚を釣るために小魚を泳がせてるだけよ?」
嫌悪で歪めた顔を隠そうともしない。高慢でふてぶてしいプライドが極端に高い。朝倉という男のイメージはざっとこんなものだ。
一つも譲歩せず煽りさえする善華はさすがである。
「黙秘を約束しろ」
「働き次第ね」
朝倉が舌打ちする。一々癪に障る男だ。
「……さっきも言ったが俺の領域に踏み入って好き勝手やれるやつはいない。あるとすれば、解体待ちの古い建物のほうだ。大事なもんは全部引き上げてるし、あそこまでは管理していない。俺の魔術で案内してやる」
地面からぽうっと淡い光が浮かび上がり、私たちの周りを旋回する。一目でわかった。朝倉の能力の一部だ。これについていけ、ということだろう。
「俺を出し抜こうとしたやつの顔を見られることを期待せずに待ってるよ」
「貴方のミスを私が帳消ししてあげるわ」
「おまえの顔はもう二度と見たくないね!」
私たちは会話を切り上げ、光の誘導に従って駆け出した。目指すは取り壊しが決定してる病院の旧施設。最悪戦闘になることを覚悟しなければならない。