破滅の魔女は眠れる世界で殺戮を繰り返す11
徐々に高度を下げてはいるけど、滑空しているわけじゃない。どうやらあの黒フードの男の異能は人間二人を抱えても軽々と飛行に耐えうる高性能のもののようだ。
誰だか知らないけど、絶対逃さない!
風紀委員としてだけじゃない。私自身のためでもある。あの日の真相は私の中にある。だけど、過去の私がその記憶を閉ざしている。そのジレンマを、私が抱えた自己矛盾を解決する方法を模索しなければならない。
その手がかりが目の前にある。
手の届きそうな距離まで詰める。その瞬間、黒フードの男は急上昇して私の伸ばした手から逃れた。風を操って向かい風を送っても一向に靡かない。ここまで異能を使いこなしている生徒はそういない。だけど、私だって負けちゃいない。
後を追うように上昇して……それが失敗だったと知る。
私の行動に合わせて、今度は垂直降下した。パラシュートもせず、あの三人は地面めがけてダイブしたのだ!
「正気なの……!」
引き離されまいと私も加速する。重力に任せた落下。私ならすぐに追いつける。だけど、容疑者の袖を掴むことは出来なかった。
地面がすぐそこまで来ているというのに、彼らは落下の速度を緩めなかった。限界まで堪えたけど、根負けして減速してしまう。その反面、彼らは地面に衝突する間際まで一切の躊躇なくその姿勢を保っていた。
「いぎゃああああ!」
佐藤耕作の悲鳴が上がる。空の旅の次は紐なしバンジージャンプなのだから同情する。いくら飛行能力に長けた異能でもあの速度で壁や地面にぶつかって無事な人間はいない。
だからこそ、私はその光景に目を疑った。
黒フードの男は慣性をまるで無視するかのように着地の瞬間全速力で駆け出したのだ!
「どういうこと……!物理法則に喧嘩売ってる、ほんと!」
一足遅れて後を追う。減速した分距離を離されてしまった。巻き返さないと見失う。何度も何度も角を曲がり、それでも私は漆野時哉を視界に捉えた。なんと、彼は目が合った瞬間余裕の笑みを浮かべた。
むかつく!なんなのよ、あいつ!
終着点はそれほど遠くはなかった。容疑者3人が喫茶店らしき建物に入り、そして、銃声が聞こえた。重なり合う悲鳴。彼らは人質を取ったのだ。
まずい!早く善華たちを呼ばないと!
下手に踏み込めば人質の命を危険に晒すことになる。最悪だ。この事態を想定できなかった。舐めていた。まだ少しだけ、相手は私と同じ学生だと侮っていた。漆野時哉は革命まで企てた危険人物だというのに。
「……なに?」
着信音が鳴り響いた。私のじゃない。路上に捨てられた電子機器から聞こえる。私はスマホを拾い上げ、画面に映った人物の名前に息を飲み込んだ。
『漆野時哉』。そこにはそう表示されていた。私はすぐに通話をスピーカーに切り替えた。
「もう少し下がってくれないか、蓮代寺?君の存在を身近に感じると、首に刃物を押し当てられた気分になる。実に気が気でならないよ」
ああ、私はこの声を知っている。胸のざわつきを抑えられるだろうか。憎しみと怒りでどうにかなってしまいそうだ。だけど、そうなるわけにはいかない。
あなたは……私の過去を思い出すための手がかりだから。
「こんなことをして、逃げられるとでも思ってるの?」
「おかしなことを言うね。自信があるからこそこんなことをしてるんだよ。早く応援を呼んだほうがいい。君だけだと人質を無視して飛び込んできそうだ。その性格は昔から変わらないね」
「知ったような口を……」
私はその次の言葉を飲み込んだ。
昔から……?漆野は一体いつの話をしてる?
慎重を期さなければならない。彼の言葉遊びの可能性だってある。そうやって、漆野時哉は仲間を増やしていったのだから。
あなたが革命を起こさなければ、この学園はめちゃくちゃにならずに済んだのに!
ひどい頭痛に襲われる。記憶が呼び起こされようとする感覚だ。そして、それを私自身が拒絶してる。
知りたいはずなのに、思い出したいはずなのに、なんで……!
だめだ。まともな判断が出来そうにない。漆野に従うのは癪だけど、善華たちを呼んだほうがいい。
「賢明な判断だ」
「黙って!」
「そのほうが良さそうだ」
漆野のしたり顔が目に浮かぶ。それだけで殺意が蘇る。深呼吸して頭をリセットしよう。大丈夫。あいつは逃げられない。だからこそ、人質をとってる。
善華たちがくるまでの我慢だ。そして、準備ができ次第、漆野を狩る。
「しかし、興味深いね。君たちが動くということは、どうやら君たちを動かしてる誰かも気がついてるということか。破滅の魔女が目覚めたことに」
こいつ……まさか……記憶が戻ってる?破滅の魔女のことも!
「なんのこと?」
「しらばっくれるか。いや、君らしくていいよ。少し前の君には退屈してたんだ」
「わかった気でいられるのホントむかつく。追い詰められてんのそっちなのわかってる?」
学習しろ、私。漆野のペースに乗せられたままだ。
「ほんのお遊びさ。こんなものは大した騒ぎじゃない。この世界にしても、君の過去にしてもね」
「いいかげん黙ったら?」
スマホを握る力が強くなる。危うく握りつぶしてしまいそうになるほどに。
そうしなかったのは自制がきいたわけじゃない。
「先程の空を飛んだ異能、いや、飛ぶという表現は正しいかは不明だな。とにかくその異能の持ち主が誰なのか君はだいたい察してるんじゃないかな?」
私は言葉に詰まった。知ってるからだ、その異能の持ち主を。そんなわけない。否定する気持ちとは裏腹に記憶にある彼の異能とほとんど合致してる。
雷と重量を操る異能の持ち主、私にとって兄のような存在だった。正義感が強く、曲がったことが大嫌いなやつだ。だとしたら、なんで漆野なんかに手を貸してるのか謎だった。
「大門京一郎……」
「ご明察。ほら、隠せなくなったね。君が友達想いってことが」
漆野の称賛がやけにうるさく頭に響いた。