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彼方より君に捧ぐ

「私にはもう何が正しくて何が間違っているのか分からない。だけど、こんな私を家族と呼んでくれた人がいる。親友と呼んでくれた人がいる。私を守ってくれた人がいる。共に歩んでくれる人たちがいる。そんなかけがえのない人たちに、私は報いなければならない。だから……」


 私は手をつないでいる少女の手を握り返した。この子も私のかけがえのない人たちの一人だ。だけど、彼女はもうこの世には存在しない。そればかりか、私はこの子と殺し合いすら繰り広げたことがある。

 私と同い年のこの少女の名前は瑠璃川ゆかり。

 ゆかりのことを私はよく知らない。だけど、ゆかりは私のことをよく知ってる。彼女には何度も助けられ、そして、何度も命の危険に晒された。いや、そう感じただけで実際は私を守るために行動していた。


「もう、お別れを言わなくちゃね……」


 私はたくさんの人に支えられてきた。尽きぬほどの感謝に胸が満たされていく。だから、縋るのはもうやめた。私は自分の道を歩んでいくために、初めて自分のために決断する。

 破滅の魔女がすぐ間近に迫っている。もう迷わない。私は自分の力を解放した。この学園を取り巻く夢を打ちはらう力を。破滅の魔女を唯一殺すことのできる最強と謳われた力を。




 私に、蓮代寺沙緒里に、その瞬間が訪れるまでの物語を語らなければならない。

 時間は……そう、一か月前に遡る。

 この学園は一風変わっている。授業はないし、講義もない。学年の隔たりすら存在しない。

 代わりにあるのは弱肉強食の実力社会。今を生き抜く芸がない者に、明日の保障などどこにもない。その芸がたとえ邪なものでも、この学園は許容してくれる。なんという懐の深さだろうか。言い換えると、この学園は犯罪の温床なのである。

 この敷地541平方キロメートル、車で端から端まで三十分かかる広大な学園には今現在四万人にも及ぶ人々が暮らしを営んでいる。これはもはや学園という規模ではないかもしれない。

 そんな学園生活で生徒が行わなければいけない大前提は、自分の価値を示すことだ。

 それは単純に、お金を稼ぐということでもいい。世紀の大発明だっていい。人助けだってちゃんと評価してくれる人がいる。

 つまり、手段は問われていないのだ。

 ことお金を稼ぐというジャンルにおいては、この学園でもっとも目的とする人口が多く、そして、底なしに闇が深い。だけど、この学園の方針に従うなら、バレなければそれは正当な行為でしかない。


「沙緒里、急を要する事態よ」


 チームの一員である少女が扉を開けて、挨拶もろくにしないまま言葉を投げかけた。彼女の行動にはそつがなく感情もない。それが玉に瑕だが、彼女らしいといえば彼女らしい。

 名前を坂月善華という。私の一つ年上だ。落ち着いた物腰はもう二つ三つ上を想像させるが、彼女の華奢な体とそれに見合った身長が見事に印象を中和させている。本人にいうと、とてつもなく静かな怒りを身にまとうので絶対に言わないが。

 つまり、彼女が急を要すると言えば、冗談でもなんでもなく急を要する。


「いつにも増して深刻そうな顔してるね」


 慣れっこの私は軽い感じで受け答えをする。


「ええ、実に」


 善華も私の態度に腹を立てるわけでもなく淡々と要件を述べる。


「人が死んだ。殺害されたの」


 私は微かに浮かべた笑みを消し、居住まいをただした。

 この学園での軽犯罪は無法地帯を気取ったママゴトに他ならない。それでも、裁く法があり、取り締まる人がいる。私たちの役目はまさにそれだ。

 風紀委員。それが私たちの役割である。

 そして、この学園で絶対あってはならない出来事の一つが今耳に入ってきた。

 加害者は即刻退学。二度と日の目を見ることはない環境へと追いやられる。なんの比喩表現でもなく、本当にこの世から抹消されるのだ。だからこそ、許されざる行いを犯人がしていたとしても風紀委員にとって気が重い案件なのだ。

 私、蓮代寺沙緒里はゆっくりと腰をあげた。




 この学園の入学条件は極めて簡潔である。それはつまり、異能者であること。霊能力者でも、超能力者でもいい。黒魔術に長けている人間だっている。異能者である判定が出た人間は、私たちのようにこの学園に搔き集められる。

 そして、成果の上げられなかった人間や、禁忌を犯した人間は闇に葬られる。

 この学園での成果は、国の仕掛けた網から逃れた異能者を取り締まるためにも用いられるし、世界経済の発展にも貢献している。私たちはこの箱庭で常に異能者を競争相手に、日々独自の訓練を強いられているのだ。

 異能者は国内だけで、年に平均して千人前後誕生しているというデータが算出されている。

 国はそのすべてを管理し、利用しようと画策している。しかし、社会の理に反する異能者には使い道がない。だからといって、野放しにするには多大な危険が伴う。この学園を追放された人間は、例外なく処分されてしまう。私たちはその片棒を担がされてるわけだ。


「被害者は佐奇森このみ。職業は霊媒師で、腕はそれなり。人当たりがよくて恨みを買うような性格じゃない……けど、この死にざまはあんまりね」


 佐奇森このみの死体は心なしかやせ細っていて、何か恐ろしいものを目の当たりにしたのか顔は恐怖でひどく歪んでいた。どうしたらこんな表情で死ぬことができるのだろうか。


「うえっ、ちょっとこれは想像したくないですね」


 私たちの後輩にあたる桜井奏芽が顔をしかめて死体から目をそらした。なんとも可愛い名前だが、耳にピアスを開けているぐらいにはやんちゃな男である。そして、とても先輩想いの犬みたいなやつだ。


「吐くなら外でお願い」


 善華の配慮に欠ける言動は今に始まったことじゃない。だけど、今の発言には私も大いに賛同するので、とやかく言うことはしなかった。なんにせよ、これは私たちにとって初めて扱う殺人事件なのだ。すでに周りでは私たち以外の風紀委員が作業にとりかかっている。てきぱきとした身のこなしは経験者であることを物語っている。


「私もあのぐらい狼狽えると思ってたんだけど割と冷静な自分に驚いてる」

「……そう、たくさん見てきたものね」


 私は彼女の独り言めいた言葉に首を傾げた。それの意味しているところを逡巡したが、知らず知らずのうちに頭の隅に追いやられていった。初めての殺人現場で緊張していたのかもしれない。


「はーい、みなさんご苦労さん」


 締まりのない声でさらに欠伸まで付け足した男が一人現場に入ってきた。善華は冷めた視線を彼に投げかけていたが、あれでも風紀委員の顧問である。唐津屋蓮介、それが先生の名前だ。

誠に遺憾ながら私は班のリーダーとして、唐津屋先生をぞんざいに扱うことはできなかった。


「おう、おまえら。初めての現場で申し訳ないけどよ。普段は先輩方がいろはを教えてくれるんだけど、今は別件で人手が足りないんだわ。まあ、現場検証は別のやつがやってくれるし、おまえらの能力は充分評価に値するわけだから、そつなくこなしてくれることを期待してるわけだが」

「でましたね、先生おとくいの丸投げ」


 奏芽が私たちの心中に抱かれた不満を条件反射のようにぼそっと口に出した。


「聞こえてるぞ」

「うげ」


 いつのまにか奏芽の背後に回り込んでいた先生が耳元でドスのきいた声を披露する。この男が捉えどころのない人間と言われる一因である。昼行燈を装っているが、そんな人間がそもそもこの学園の教師になれるわけがないのだ。


「坂月、リーダーは蓮代寺だが、おまえが一番年上だ。礼儀は教えとけよ?」


 と、また先生は飄々とした調子に戻った。


「はい、先生のようにならないようにきちんと指導させていただきます」

「それは最重要課題だな」


 妙に納得した顔で先生はうなずいた。


「そういうことなら誠心誠意取り組まさせていただきまっす!」

「おまえはまだ三下だから調子に乗るな」

「えっ、そういう基準なんですか」

「先生、そろそろ作業に取り掛かりたいので、これ以上無駄話されるようでしたらお静かに願います」


 善華は普段本当に口がついてるのかと疑いたくなるぐらい物静かなのだが、よっぽど毛嫌いしているのかこの先生に対してだけは饒舌になる。私としては彼女の人間らしい側面を見られて胸を撫でおろすばかりである。

 彼女、坂月善華のこの学園においての価値は非常に高い。それこそ、私なんかが背伸びしたところで足元にも及ばないぐらい貴重な存在だ。だからといって気負うわけじゃないが、少々機械的に物事をこなす彼女に対して多少なりの温かさを求めていないこともなかった。

 そんな彼女が死体に歩み寄る。

 坂月善華は「記憶にまつわる全てを司る」異能を持つ。

 それは、記憶の一部を切り取ったりコピーしたり、または根こそぎ奪ったり、ねつ造することだっていとも容易い。他人の記憶の深層にもぐって、本人でさえ気づかなかった、あるいは意識しなかったありとあらゆる五感の情報も彼女にかかれば掘り起すことができる。

 この目の前にある死体にだってそうだ。まだ頭がついているなら彼女の領分だ。

 手で触れる。それだけで収集は完了する。


「奏芽」と善華は言った。


 奏芽は手を差しだし、善華が触れるのを待った。彼女は自分が収集した記憶を他人に共有することもできる。そして、奏芽は五感を司る異能を持っている。

 善華が他人の記憶から的確な情報を引き出せるのは、彼女自身が仔細を拾えればの話だ。このチームを組んでから判明したことなのだが、奏芽はどうやら他人の記憶の中でも五感を正確に捉えることができるらしい。それも、記憶の主よりも遥かに。私から言わせれば二人ともとんでもない能力の持ち主だ。そのため、善華の能力の補助役として適任だったわけである。

 次に、善華は私に手を差し伸べた。

 私が記憶を共有する理由は希薄なのだが、一応リーダーである都合上得られる情報は手にしておかなければならない。

 そうして、受け渡された記憶は当然といえば当然なのだが、あまり気持ちの良いものではなかった。なにせ死ぬ直前の記憶だ。死の間際の感情すら反映されているのがトラウマにもなりえた。

 結果から言えば、彼女は恐怖に顔を歪ませながらも、苦痛なく息を引き取ったことが判明した。彼女にとって唯一の救いだろう。そして、彼女が見せてくれたビジョンには、顔が夥しい数の傷に覆われた男。毛髪どころか眉毛もまつ毛もない。異様さを一層引き立てていた。


「被害者は抵抗を試みた。だけど、それは無駄に終わった」

「そのへんはっきりしませんね」

「私の記憶が確かなら該当するような能力を所有している学生はいない。問題は、彼女が二つの存在を死の瞬間認識していること。一つは傷だらけの男。もう一つが部屋の隅に……」


 私たちはその存在がいたであろう空間を見やった。彼女の記憶でのそれはひたすらに虚無で、まるでそこに別次元へと広がる闇が広がっているかのような錯覚を起こさせた。それなのに、その存在感は傷だらけの男を軽く凌駕していた。


 「何か手がかりになりそうな情報はでた?」


 私は奏芽に尋ねた。


 「目と耳に関しては成果なしですね。鼻のほうはこの部屋特有の匂いがきつくて……嗅ぎ分けるのが大変でしたが何やらこの部屋のものとは毛色が違う薬品の匂いが男の身体から匂いました。まあ、何の匂いか俺の知識にはないんですけど」


 と奏芽は堂々とした所作でずいっと善華に右手を差し出した。善華と匂いの情報を共有するためである。善華は呆れた様子でその手を握り返す。

 善華の様相が一変する。それは、彼女と長い付き合いのある私と奏芽しかわからないような変化だったが、善華はおそらく……いや、明らかに彼女は動揺している。


 「善華?」と私は声をかけた。

 「……奏芽が嗅ぎとった匂いは二酸化塩素と推定される。簡単に言えば、強力な殺菌作用があって様々な用途で使用される薬品なんだけど、男の身体の一部だけじゃなく全身から匂いが放たれていた。ここからは推測になるんだけど」


 善華は自分の頭を整理するように一拍置いた。


 「殺人現場にいた男は保存処理を施された歩く死体である可能性が高い」

 「……つまり、死体が殺人をおこなったってことですか」


 奏芽の問いに善華は答えなかった。押し黙り自分の世界に没頭する。

 その様子から、私たちはこの事件から只ならぬ異様な気配を感じ取った。そして、嫌でもこの事件が普通の殺人事件とは一線を画することを認めざるをえなかった。

 

読んでいただきありがとうございます。

「人間嫌いの魔族ステラの旅」と並行して執筆しております。

よければそちらもご一緒に読んでいただけると幸いです。

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