君を愛することはできない?じゃあとりあえず一緒に幸せになろうか。
「君を愛することはできない…ごめん…」
「ふうん…なんで?」
「え?」
「私たちは幼い頃からの婚約者であり当然幼馴染で、両家も祝福していて、誰もが認める幸せな結婚…だと思っていたのだけど?」
私がそう言えば、彼は土下座した。
「ごめん、実は浮気してたんだ!」
「知ってる」
「え」
「わかるよ、さすがに。隠せているつもりだった?」
そう問えば、青ざめた彼に微笑む。
「大丈夫、私は怒ってないよ。周りも黙らせておいたから」
「う、うう…」
「で、君は昨日愛する人と駆け落ちする気で準備してたよね?」
「…!」
「でもこうして私と大人しく結婚したってことは…振られたんだろ」
事実を突きつければ撃沈する彼。
「まあ、浮気を知った時からそうなるだろうとは思ってたんだけどさ」
「な、なんで…」
「相手は君の金目当て。ようは愛人に収まって贅沢がしたいだけなのに、君ったら勘違いして彼女と逃げようとしてるんだもの」
「…」
「逆に相手に逃げられるだろうなとは思ってたんだよね。振られる前に教えてあげても良かったんだけど、君聞く耳持たないだろうし」
惨めだね、と言えばほんのちょっと残ったプライドでも刺激されたのか…うさぎみたいにプルプル震える。
「で?なんだっけ?君を愛することはできない?今更女性不信にでもなった?」
「…うう」
「じゃあとりあえず一緒に幸せになろうか。話はそれからだ」
「…え?」
「手始めに、我が子を作ろう」
あの、ちょっと、待ってとグダグダ言う口をキスで塞いで押し倒す。私はそんなに大人しい女じゃないなんて、初めから分かっていたことだろうに。
「…僕の奥さんが思った以上に下手くそでびっくりした」
「は、初めてなんだから当たり前だろう。浮気していた君とは違うんだ」
「う…」
「ただなんか…押し倒しておいて押し倒し返されるの屈辱だな。練習した方がいいのかな」
「いやいやいやいやいや…」
首を思いっきり横に振る彼に笑う。
「なに?自分は浮気したのに、浮気されるのは嫌なの?」
「ご、ごめん」
「まあいいけど。明日は一緒にカジノにでも行こうか」
「え」
「軍資金は私が出すからさ。パァーッと使おう」
彼はきょとんとする。
私はなんでもないフリをして笑った。
「いやー、負けた負けた」
「お互い結局派手に負けたね」
「まあねぇ」
軍資金は山ほどあったのに気付けば底を尽きた。ビギナーズラックなんてまやかしだったらしい。
「次は、ワインでもあけようか」
「え」
「色んな年代のを揃えてあるんだ」
「そんなお金どこから出したの!?」
ギョッとする彼に、口から出かかった。
全部君と結婚後にゆっくりと楽しもうと、随分と前から用意していた金とワインだと。
もう君に期待しないと決めたから、今日のうちに全部消費してやろうと開き直ったのだと。
君を愛することはできないなんて、こちらのセリフなのだと。
君が本当に結婚式の前夜に逃げようとするクズだと分かって、全部諦めたんだと。
…でも、言わない。
全部今更だ。
「…さあてね?へそくりは女の得意分野さ」
「すごい…」
「君こそ上手にやりくりしなよ」
「う、うん」
結局、私はあの後一人だけ男の子を産んだ。もちろん彼の子だ。魔術で血縁も証明できる。
男の子を産んだので、あとはもういいだろうと夜は共にしていない。
息子は幸い優秀で優しく、頭が回る。婚約者とも関係は良好で、この度結婚することになった。
彼は早々に息子に爵位を譲って隠居するらしい。
田舎に屋敷を買ったそうだ。
「え、一緒に行かない?」
「うん。私は息子夫婦とここで変わらず暮らすから、一人で行って」
「え、え、え」
分かってなさそうなので言った。
「私を愛することはできないんだろ」
「え、そ、それは…」
「君はとっくに時効だと思っているのかもしれないけれど、私の中ではまだ許せてないよ。その言葉も、あのときの浮気と駆け落ち未遂も」
彼が青ざめる。
うん、そう。
その顔が見たくて、円満夫婦みたいに振る舞ってた。
私の性格が悪いのも、最初から知ってたことだろう?
「息子夫婦にも色々と話してあるからさ。全力で味方してくれるって」
「え、あ」
「今更ながら君が出て行きたくないというのなら、私が出て行ってもいいけど。その場合息子夫婦から余計に嫌われるよ」
「…〜っ」
何か言いたそうだけど、ヘタレだから言い返せないらしい。
「熟年離婚、してもいいよ。でも、しない方がそっちのためかも。どうする?」
「わか、わかった、一人で出て行くから。離婚はやめて…」
バカなくせになんだかんだで世間体は気にするヘタレな彼は自分から折れた。孤独な老後を選んだ。また浮気するかもしれないけど、こちらとしてはもう興味もないし好きにすればいい。
一方で私は、敷地内の離れで暮らした。息子夫婦はそんな私に甘えてくれる。へそくりは得意だから、お小遣いならたんまりある。あげられるものは全部あげる。物で釣っていると言われれば、それまでだけど…二人を甘やかしたいのだ。
やがて孫にも恵まれて、今では幸せな老後を過ごしている。
復讐というほど苛烈ではないかもしれないけれど、そう。ざまぁみろ、とは言ってやりたい。
私はとても大きな虚しさと、とても大きな達成感の両方を手に入れた。
【連載版】侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
という連載をしています。よかったら読んでいってください!