MMW-007
「では試合報酬と銃を一丁下取りしてと……こんなものでどうでしょう」
「俺は良いと思うよ。お嬢様は?」
「ええっと……今朝の相場がああで……はい、それで」
あまり多いとは言えないけれど、試合報酬は重要だ。
特に、今回の様に機体本体は破損がほぼない状態だと特に。
ただ、今回は相手の戦士も生きている。
機体はもらえなかったのはちょっと残念か。
『修理が必要な損傷具合だと、直すだけで飛んでいくからなあ。ああ、あの時も……』
(そんな思い出はいらないからさ。おすすめを考えてよ)
頭の中の俺は、未来の俺なのか、未来を知っている誰かなのか。
本当のところはわからないし、この思考も共有しているはず。
逆に、頭の中の俺が考えてることが全部わかるわけじゃないのは、ちょっと悔しい。
『なんでも知ったら、つまんないだろ?』
それは、そうだ。
成功する未来を全部知ってしまえば、油断する気がするのだ。
人間、楽な方を選びがちだもんね。
『そういうこと。お、見てみろよ。お嬢さんが元気だぜ』
急にお嬢様のほうを向くように言う頭の中の俺。
顔を上げてそちらを見ると、リッポフ商会、その従業員が焦った様子が見えた。
なんと、お嬢様が交渉でばりばり攻め込んでいるのだ。
「質のいい駆動オイルはどのランクでも人気でして、そう安くは……」
「誰も毎回とは言いません。一度交換したらしばらくは良いのでしょう? だから、今回はです。それに、前の試合で廃材にリサイクル以外の値段が付いたのではないですか? 補強に廃材を求めていると誰もが口にしていますよ」
MMWの武装は、どれも結構な値段がする。
基本的な武装なら比較的安価だが、性能を上げようとするとすぐ高くなる。
それは、駆動オイルも同じ。
武装が壊れるまで使えるのと同じく、駆動オイルも最初の分は長持ちさせられる。
性能を維持しようと思うと、洗浄用のフィルター装置やらがあったほうがいいのだけど。
『武器は状況によって生き死にが変わる。けれど、駆動用オイルなら、な』
(確かに、機体性能が高いところで安定したら、戦いやすい。でも、すごいな)
第一印象は、世間知らず、それだけだった。
それが、こんな短期間でぐんぐん成長しているように感じる。
そう見せているだけで、ハリボテの勢いなのかもしれないけれど、こういうのは通じたら勝ちだ。
「ウチのセイヤがまた勝てば、当然リッポフ商会の名前は出しますよ。さすがの品質だとね」
「あー……そうですね、セイヤ選手は他と違う、2戦ともほぼ傷なし。今後に期待が持てる、という方向で。良いでしょう」
交渉成立、トラックからガレージに搬入される駆動用オイルのドラム缶たち。
売らなかった銃用の弾丸も、数ケース一緒だ。
「それでは、次の試合も楽しみにしています」
「ええ、ええ。セイヤは勝ちます」
ここは口をはさむターンではない。
そう思い、お嬢様の後ろで不敵に見えるように笑ってみる。
それが上手く効いたのかはわからないけれど、従業員も満足そうに帰って行った。
「さて、頼みましたよセイヤ。私は整備方法はまだまだです!」
「威張って言うことじゃないでしょ……ま、やってもらった分は結果で返すよ」
やっぱり、付け焼刃というか、勢いだったらしい。
それでも通じるあたり、腐っても貴族ってことかな?
『ソフィアは、なんでかこういうときの思い切りと、運はいいんだよな。悪運に近いけれど』
(そりゃそうだよ。本当に幸運ならそもそもこうはなってない)
ソフィアお嬢様に見せるようにラベルを確認しつつ、整備手順を指折り数える。
まずは傷んだ増加装甲たちを外し、駆動用オイルを交換。
それが終わったら、武装チェック、かな。
やっぱり、機体に痛みがないのは本当に大事だ。
『無理な動きをさせたり、大きなダメージを受けるとコアを含めてフレームがゆがむ。そうなると変な癖がつくんだ。悪いことばかりでもないけどな』
訓練を重ね、特定の動きだけが早くなる。
MMWには、そんな変化も生じるらしい。
まるで人間の体みたいだ。
そんなことを考えながら、装甲版をなでる。
その瞬間、手のひらにぴりりとしたしびれるような感覚。
(何? 今の感じ)
『内緒だ。やっぱ俺は俺だなって思っただけさ』
時折、よくわからないことを頭の中の俺は言う。
生き残れるのなら、別にいいんだけどさ。
追及をあきらめ、改めて機材を操作し、作業を淡々と進めていく。
そのそばで、色々とメモをとるソフィアお嬢様のミスマッチ具合といったら、何とも言えない。
時折こっちをじっと見つめるもんだから、なんだか気恥ずかしくなって、言葉を探した。
「ソフィアってさ、髪、きれいだよね」
「え? あ、そうですね。自分でも自慢です。お父様もお母様もほめて……くれていました」
「ごめん。そんなつもりはなかったんだ」
俺とお嬢様は……買われた側と買った側。
飼われる人間と飼う人間、それは変わらない。
「いえ、もう大丈夫です。泣いても……誰も戻ってきませんから」
「俺は親の顔を知らない。孤児みたいなものだから。どっちがいいかなんてわからないけど……誰かのためにって気持ちが持てるのは、良いことだと思う」
俺は結局、俺のために戦っている。
ソフィアお嬢様は、それだけじゃないわけだ。
そのことが、とてもうらやましく、かといって俺もそういう相手が欲しかったというわけでもない。
「その、さ。一人じゃないって思えるのは良いことだと思う」
「あ……ええ、ありがとう。セイヤも今は一人ではないですよ」
「それ、外で言ったらだめだよ。変な目で見られるから」
やっぱり、お嬢様は普通じゃない。
貴族だけど、貴族じゃない部分もしっかりある。
『だからこそ、こうしてここにいるんだろうし、こっから先も苦労するぞ?』
(だろうね。でもさ……やりがいはあるよ)
今のところ、口にするつもりはないけれど。
お嬢様がちゃんと笑うところを見たい。
そう、思ったりもするのだった。