MMW-003
「お疲れのところ、失礼しますよ」
「ええっと、貴方は?」
防犯意識のなさそうなお嬢様の対応。
もっとも、こんな駆け出しを狙うような奴は、まずいないのもその通りか。
シャッターを開けた先には、こんな場所だというのにスーツを着込んだ銀髪のおっさん。
髪は切りそろえられ、清潔感が感じられる、この場所には似つかわしくない姿だ。
顔も、正直悪くない。
背後に、完全武装の男が2人も立っていなければ、もっと印象はいいだろうな。
「おっと、これはこれは。私、商人のリッポフと申します。初戦を勝利で迎えた方々に、必ず顔を出すようにしているのですよ」
『リッポフ……そういえばそんな名前だったな。奴の右手をよく見ろ。指輪があるが、あれは強力な輝石具だ』
輝石具、それは金持ちの証だ。
生身でも、一時的にMMWに乗っているかのような力を様々に発揮するという。
その代わり、決まったことしかできないし、消耗品らしい。
「商人さんですか。あいにく、初戦勝利の賞金では大した買い物は……」
事実、圧勝できたからほぼ丸々賞金は入ってきた。
それでも、大金というわけじゃない。
「いえいえ、どんな売り物があるかを知ってもらうことからですよ。自慢ではないですが、飲み水からMMWの重武装まで、なんでもそろっておりますよ」
差し出される板状の機械、情報端末のタブレット。
見やすいようにかサイズも大きく、カラフルな映像が踊っている。
「これは……確かに、品ぞろえは豊富ですね」
「なるほどね。どのぐらい将来絞れそうか、確認に来てるわけだ。その指輪を買えるぐらいにはなるつもり、とか言えばいいかな?」
「セイヤ!」
ソフィアお嬢様の前に滑り込むようにして、相手を見る。
護衛だろう2人は動かない。
俺程度にどうにかされる主人ではないと、自信があるんだろう。
「いい目をしていますね。これの価値を見抜いたという点では満点です。ぜひ稼いでください。そういえばプレゼントがありましたね。なんでも、デビュー戦での最短記録を更新したご褒美だそうで。MMWの武装、後で運び込ませます」
「そんなのもあるんだ。礼は面白い戦いで返すよ」
『言うねえ。こうでもしないと、お嬢さんが食われそうだもんな』
まったくもって、その通りである。
この男、油断していなくてもたぶん、かじられる。
どこかぽわわんとしているお嬢様なんか、気が付かないうちに変な契約になっててもおかしくない。
「それは頼もしい。お嬢さん、次の試合は知らされているのですか?」
「いえ、まだ帰ってきたばかりで正直……誰が相手でも、命がけなのは一緒なのでしょう?」
やっぱり、お嬢様は素人だ。
こういう時は、弱気ではいけないのだ。
殴り合いだったとしても、弱気な方が負ける……ことが多い。
体格差がありすぎると、気持ちだけじゃだめだけど、ね。
「隠すことでもないでしょうが、基本的には同じ程度の実力だという評価で組まれますからね。彼の試合は、次はぐっと相手は強くなるでしょう。勝てますかな」
リッポフの瞳が、暗い闇を放ったように感じた。
比喩抜きで、多くの命が散るのを見てきたのだろう。
やつにとって、俺たちはたくさんの石ころの1つか、それとも……宝石の原石か。
「戦うのは私ではありませんので……勝てるのですか、セイヤ」
「勝つさ。できなきゃ、生きていないわけだから。勝つ以外に未来はないしね」
「思ったよりいい原石のようで何よりです。次の試合を楽しみにしていますよ。君ならそう……昇格はすぐかもしれません」
そう言って、最後まで余裕の態度は崩さずにリッポフは去っていく。
ほかの建物に向かうようなので、俺たち以外の初戦を勝ったやつのところにいくのだろう。
(なんだか、どっと疲れたな)
『MMWで戦う以外にも戦いがあるってことだな。武装が何かは予想がつくし、補給だけ先にやっておこう』
なんで予想がつくか、なんてのはつっこむことをせず、機体に向き直る。
これから、しばらくは命を預ける機体は、今も鈍く金属の輝きを放っている。
「お嬢様、やることをやろう」
「は、はい。そうですね……」
ソフィアお嬢様は、リッポフの雰囲気に少し飲まれかけたようだ。
そんな彼女を勇気づけるように、目の前ではしゃいで見せる。
中断されてしまったが、補給作業にその勢いで移ることにした。
と言っても、補給の場合は専用のチューブをつないでスイッチを押すだけ。
燃料としてのよくわからない液体が注がれ、タンクにたまるのを見守る。
駆動用のオイルのほうは、洗浄はまだいらないようだ。
『MMWの動力を全体に伝えるこのオイル、ただのオイルじゃない。中には鉱石を細かく砕いて砂のようにしたものが含まれている。その中身で性能が大きく違うんだぜ』
(それ知っても、今買えないから、うん)
どうやらMMWの性能、その幅は俺自身が思ってるより大きいのだと感じるのだった。