MMW-002
「ええっと、確かこのあたり……オレンジ色の屋根、あれですね」
「お嬢様も初めて来るとか言わない……初めてなんだ」
待機所を出て、掃除もあまりされていない通路を抜けた先。
いくつもの建物がある空間に出た。
そんな中の1つに、ソフィアお嬢様は向かっていく。
どの建物も見た目は悪いけど、造りはしっかりしていそうだ。
統一感のない屋根の色たちは、わかりやすさを重視しているのかな?
1階はMMWが入るガレージ、住居部分は2階といった感じ。
『この区画だけでも、確か1000人以上は戦士が住める。主人、飼い主の部屋もだから結構な広さだな』
「1000? それだけ俺みたいなやつがいるってことか……」
小さなつぶやきに、力がこもるのがわかる。
今更恨みってわけではないけれど、理不尽だなあとは思うのだ。
「MOHS1-5001、ここが今日から私たちの住処です。機体もガレージに運びこまれているはずです」
「今日みたいに無事なら、だよね。運べないぐらいの場合、何もないってさ」
わかっていることは、色々ある。
その中の1つ……このお嬢様、完全に素人だ。
説明をそのまま信じている、正確にはそうじゃない場合を考えていない、かな?
「……だ、大丈夫です。セイヤは圧勝してくれましたし」
「ま、そうだけどね」
試合に圧勝したのは事実。
ダメージを受けてないのも、そう。
だから、ガレージにはそのままの姿で置いてあるはず、だ。
カードキーを差し込み、中に入っていくお嬢様についていく。
照明も意外とちゃんとしており、教育を受けていた場所とは別世界だ。
にしても、どこでこういう建物や機体の部品を作ってるんだろう。
「こちらがガレージ、奥がセイヤの部屋、その上が丸々私らしいです」
「ま、戦士だからそんなもんか。自分で整備するのに、近い方が楽だからちょうどいいね」
「え? 自分でするのですか?」
さっそく機体の様子を確かめに行こうとした俺に、不思議そうなソフィアお嬢様の声。
まさか、本当に細かいことは何も知らない?
「燃料補給は安いけどさ、修理とかは結構ね……するんだよ。だからできるだけ無傷で勝ってってお嬢様も言ったんでしょ?」
「ええ、それはそうです。でも、戦士が自分でやることがあるとは知りませんでした」
「そりゃ、大掛かりなのは専門に任せた方がいいと思うけどね。お嬢様は……それでよく飼い主になったね?」
『お、突っ込むか。自己紹介としては間違いない話だな』
頭の中の声を聞きつつ、お嬢様の反応を待つ。
ガレージへの扉を前に、立ち止まり沈黙するお嬢様。
「私の家、グランデールは武門の貴族でした。自身も機体を駆り、責務をこなすぐらいには。けれど……先日、戦士ごと戻ってきませんでした。それでも責務は果たさねばいけません。交渉の末、闘技場での戦士育成の間は保留としてもらったのです」
「自分の代で終わるってのはそういうことか。お嬢様、戦いには向いてないもんな。どうにかするために家財一式処分しながらで、どうにか予算は確保したけれど、と」
悲しみを隠さず、うつむくお嬢様。
道理で、闘技場で活動するには場違いなドレスっぽい服装だったわけだ。
このぐらいしか、残せなかったんだろう。
「お嬢様、明日は買い物に行こう。賞金でさ、まず服を買う。油汚れも気にならないぼろーいやつ。で、その服は仕舞っておこ。いいだろ?」
「セイヤ……はい」
『ちなみに、代々引き継がれてきた骨とう品の一着らしいぞ』
(だからそういう情報はやめてよ)
頭の中の俺は、一緒になったときからちょくちょくこういうことをしてくる。
教育係がどこにへそくりを隠してるか、とかまで知ってるのは謎すぎるけどね。
「俺はさ。物心ついたころにはほかの連中と一緒に育てられてた。まとめていくらの下級も下級の戦士さ。親の顔は知らない。名前も俺が付けたもんじゃない。どうにか生き延びて、先々月ぐらいに事故に巻き込まれてこれさ」
まだひりつく両腕を見せれば、少しお嬢様の顔がこわばるのがわかる。
仕方ないけれど、ちょっと悲しい。
でもこの怪我、模様みたいで面白くはあるんだよね。
「事故、ですか。感電と言っていましたね」
「ああ。MMWの訓練中に、ヘマしたやつがいてさ。こけて壊しかけたんだ。んで、そんときに動力部がたまたま破損、周囲にあれこれ飛び散って……巻き込まれた。何人かは運悪く死んじまって、俺は生き残った」
ぐっと、拳に力を籠める。
あいつらの分も、生きて勝ち抜く……そう決めたんだ。
「わかりました。勝ち残りましょうね、セイヤ」
「戦いは任せろ。お嬢様は……MMWの勉強から始める? 今から補給とかやるから」
頷くお嬢様を引き連れ、ガレージへ。
予定通り、そこには試合で乗っていたMMWが収まっていた。
さらに、俺が撃破したであろう相手のMMWまであった。
可燃物であるオイルなどは抜かれているようだけど……。
「あれ、これ……」
『言ったろ? バイタルの停止を確認って。相手は、死んでいる』
そんな声に、心が少し沈む。
人のことを気にしてる場合でも、そんな立場でもないけれど。
「タブレットにメールが来ていますね。えっと……相手がスクラップにするより、下取りを選んだそうです。そのうえで、特別報酬の1つだと」
「特別報酬、ね。作業機械もそのせいでそろってるのかな? うーん?」
周囲には一通りの作業機械。
冷静に考えると、最低限これだけの設備を持った建物が1000件以上ある。
かなり……いや、とんでもないことに思う。
(一体いくらかかってるんだ? いや、それだけ頭数が必要な何かがある?)
『勝てばわかるさ。具体的には、MOHS3ぐらいまであがれば機会がある』
(了解。そこまでお預けか)
どうしてもと願えば、頭の中の俺は教えてくれそうだが今はいい。
「近くで改めて見ると、大きいですね」
「そりゃあね。そこに座ってなよ。何か飛んで行って汚れるといけないから……って、何の音?」
ガレージの外側、玄関じゃない方の入り口から音がする。
「来客ですね。出てもらえますか?」
「わかった。ええっと……これか」
複数あるボタンに悩み、こっそり聞こえた助言に礼を言いつつ押す。
シャッターがせりあがり……そこにいたのは笑みを浮かべるおっさんだった。