MMW-010
そこは、別世界だった。
きらびやかな灯り、広く清潔な空間。
調度品も、間違いなく高いものばかりだろう。
(あのコップ1つで下手なMMWの武装が買えそう……)
『さすがにそこまではいかないが、あのあたりの家具一式なら余裕だな』
頭の中の俺の言葉が、何の慰めにもならないことはわかった。
基本的に、ここはお嬢様のような飼い主の場。
俺のような買われた側は、自分からは口を開かない方がいい。
「セイヤ、食べたいものがあったら遠慮なく言うのですよ」
「お嬢様、今はそれは……」
彼女も、わかってはいるのだと思う。
俺にしか聞こえないような小声で、そんなことを言ってきた。
見れば、緊張からか少し手が震えている。
無理もない……と思う。
俺を買うまで、彼女は一人で苦労してきたのだろうし、日々の食事も節制していたに違いない。
そんな彼女だからこそ、目の前の誘惑は懐かしくもあり、怖くもある。
値段はわからないが、多数の料理が立ち並ぶ空間、なんて場所はね。
(あ、そうか。気分を紛らわせたいのか)
「匂いの強いものは、会話の時に問題が出るかもしれません。軽いものが良いかと」
「そういえばそうですね。ええ、そうしましょう」
俺たちの視線に気が付いたのか、給仕らしい男が近づいてきた。
今度は聞かれても大丈夫な内容で、それらしい会話にする。
お嬢様は慣れた様子で給仕にも声をかけ、すぐに望み通りの軽食が運ばれてくる。
『自分で取れば早いのに、ああやって取らせるのがこの場のマナーってことみたいだな』
(変なの……金持ちってわからないなあ)
心の中でため息をつきつつ、周囲を観察する。
予想通り、いかつい男たちが多く、ちょいちょいおばs……少々年上の女性たち。
若い男はいるが、若い女は基本的にいないようだ。
その分、お嬢様はやはりいくつか視線を集めているように感じる。
そっと、彼女との距離を詰め、死角をふさぐように立つ。
『そうだ。こいつらは難癖をつけるチャンスをうかがっている。誰でもってわけじゃないが、蹴落とせるなら蹴落としておこう、ぐらいには注目を集めている』
例えばそう、お嬢様が誰かにぶつかるだとか、俺が別の飼い主に失礼を働く、とかか。
偶然を装って、色々してくるかもってことね。
『左後ろから男が1人。こけてもいいように前に誘導』
「お嬢様、あちらにご挨拶されてはどうでしょう」
「え? ああ、リッポフ商会の会長さん。確かに」
彼が目立つようにしているのか、目立っているのかはわからないけど、ちょうどいい。
以前ガレージに来た時と比べ、変わらない姿に驚きつつ、一緒に歩いていく。
背後で、おそらく俺と同じ戦士だろう男がこちらを見るのを感じた。
当てが外れたってとこかな。
『俺が見たもの、感じたものはお前も感じられるはずだ。上手く使えよ』
(了解っと。便利だけど、なんだか不思議な感覚だ。俺にそれだけの素質があるってことだろう?)
頭の中の俺曰く、将来はコロニー最強の1人になれるらしい。
ほかのコロニーと比べてとかは、強くなってからわかる、とか言われた。
うさん臭くてたまらないが、実際に体で証明されては仕方ない。
気配を感じるだとか、MMWの操縦なんかもそうだ。
頭の中の俺は、俺が許す限りで俺の体を動かせる。
俺にはこれだけできると示されてしまっては、納得するしかない。
「リッポフさん、お久しぶりです」
「おや? おお、ソフィアさん。それに戦士セイヤ。生きて再会できたこと、喜ばしいですな」
「ありがとうございます。お嬢様の慧眼のたまものですよ」
近くに他の連中もいるので、お嬢様を上げる形で会話をこなす。
果たして、リッポフが俺たちのことをどこまで知ってるのか。
……多分、全部だと思う。
確かめたわけじゃないけれど、たぶんね。
「いえいえ、ほぼ無傷で連勝、このままランクアップへ一直線ですかな」
「命がけの戦いですから……それに、それを決めるためにここに来ました」
そういえばそうでしたな、なんて白々しさすら感じる態度。
やはり、リッポフ商会は油断できない。
色々な意味で利用するしかないのが、とてももどかしい。
『大丈夫だ。本当に彼らは商売人でしかない。目的のための、な』
(それのどこが安心できるのさ? うーん)
脳内会話は、そこで終わりを告げる。
お嬢様の元に、数名の男女が近づいてくる。
身なりや態度からして、彼らは飼い主だ。
「君がグランデール家のソフィアでいいのかな」
「ええ、大丈夫です。そちらは……」
それからの会話は、つまらないというか、なんというか。
社交辞令しかない自己紹介が始まり、すぐに終わる。
「それで、次回の試合だが……乱戦ではどうかな?」
「乱戦、ですか。つまり、3人以上で一度に?」
『チャンスだ。これは稼ぐチャンスだぞ』
顔をしかめるお嬢様とは対照的に、頭の中の俺は、頭の中で声を響かせるのだった。




