MMW-000
前作で想定していた別の方向性を書きたくなったため。
同一世界ではありません。
「聞こえますか、セイヤ。まもなく試合時間……私たちの目的、最初の一歩です」
「ああ、聞こえる。機体の調子は問題ないよ。ソフィアお嬢様。太陽を見上げるまで、生き残る」
無線機から聞こえる、鈴を転がすような声。
その声に秘められたわずかな震えに、彼女の恐怖が感じ取れた。
(仕方ないか……俺も、彼女もこれがデビュー戦だ)
俺一人だけの空間にため息がこぼれる。
その高さは人一人が立てるほど、広さはよくわからない。
一応左右に1人、後ろに1人簡易シートをつけれるらしい。
そんな薄汚れたコックピットに、いつまで動くか不安しかない計器類がたくさん。
握った操縦桿や尻から感じる駆動音も、知らないはずの記憶のそれより弱弱しい。
だが、今は頼るのはこれしかない。
長くなってきた髪を、無意識にかぬぐっていた。
大丈夫、もう1人の俺が言うとおりに動けば、大丈夫。
『勝って安心させないとな』
(わかってる)
試合開始まで後少し。
今は、前の試合の後片付けがされている。
きれいに片付いたら、俺の出番が来る、来てしまう。
『落ち着けって言っても無理か。なあに、俺も協力するさ。同じ体にいるんだからな』
頭に響く、俺とは違う俺と同じ声。
今とは違うどこかで生き抜いた俺の声。
「わけがわからないが、生き残れるのなら感電した甲斐があったかな」
「? セイヤ? 体調に不安があるなら……」
「なんでもないよ、お嬢様。俺も自由の身になって、空と太陽を見るまで死ぬつもりはないよ」
こちらからの発信は切っておくほうがいいか、そんなことを思う。
俺の知らない記憶で、今の機体にはそんな気の利いた機能がないことに、少し落胆。
徐々に自分も緊張にか、呼吸が荒くなるのを自覚していた。
人間をそのまま巨大化させたような、操縦する機体も少し上下してるような気がする。
大人が6人から10人ぐらい縦に並べたぐらいの大きさ、そんな巨大兵器に乗っている。
『遺伝子のデータバンクからまとめて作成され、そのまま使い捨ての戦士として育成、いつか自分を買い戻すために主人の下で闘技場を駆ける。そのための力、汎用機械兵器MMWか』
(自分の正体や名前なんてどうでもいいさ。それより、本当に知ってるの?)
『ああ。対戦表の名前、そしてこの光景、間違いない。言わなくても伝わるよな? その通りに戦えばいい』
念押しに問いかけようとしたとき、合図のブザーが鳴り響く。
ついに、来てしまった。
まるで檻のような鉄格子がせりあがり、前に出ることを促す放送が聞こえる。
時折痛む手を気にしながら、機体を前進させていく。
一歩、また一歩と進むたびに体が痛む。
ちょっと気になるかな、ぐらいの痛みはもう日常。
俺じゃない俺、その声が聞こえるようになった感電事故の後遺症だ。
『大丈夫だ。この世界が俺の知ってる世界なら、けがをしているほうが、動かせる』
「ろくでもない情報だな……見えた」
明るく、広い場所へ出るとそれが俺に襲い掛かってくる。
煌々と照らされた戦場、響き渡る怒号のような声たち。
空調の関係か、時折舞い上がる砂。
そんな光景の向こうに、対戦相手がいた。
俺と同じような機体、向こうのほうが確実に性能がいいとは思うが。
『所詮は底辺同士、そう変わらない。上手く狙えば、機体も修理素材に回せるしな』
「そうだ、な」
小声でしゃべりつつ、無線から届くお嬢様の声に耳を傾ける。
「セイヤ。勝ってください」
「そいつは当たり前だよ。デビュー戦だし。後、どう勝てとかそういうのはないの?」
「……修理費用は少ないので、どっちにも損傷が少ないといいです」
からかうつもりで言ったのだが、無線の相手は本気に受け取ったようだ。
俺の買い主、いや……飼い主か?
まだまだ少女と言っていいはずの、哀れな女の子だ。
だからといって、俺に境遇をどうにかする起死回生の一手があるわけでもないのだが。
「了解。できれば無傷で、ね」
「あっ、セイヤっ」
会話の途中で、無線に強烈なノイズ。
どうやらもう試合開始のようだった。
左右の操作レバーを握りしめ、大きく息を吸い、吐く。
会場ではずっと、お互いの紹介が放送されているようだけど、気にしない。
なぜなら、どうせ数分もしないうちに片方は負けているのだ。
うまく行けば命は助かる。
戦い方によっては、あっさりと死ぬ。
しかし、今回は生きるのは……俺だ。
響き渡るブザー。
試合開始の合図に、一気に前進。
掃除された闘技場は、石にけつまずくなんてことはなかなか起きない。
『相手の右側に回り込め!』
「わかって……るっ!」
口にせずとも伝わる戦い方。
それでも、実際に頭に響き渡るところを見ると、俺もずいぶん興奮してるようだ。
──相手のMMW、俺より半年は長くここで生きている男の機体は正面と左側にしかロクに撃てない。
そのことを、なぜか知っているように告げる頭の中の俺。
ダメ元で言葉の通りに動き、結果はビンゴ。
慌てて機体の向きを変えようと動く相手だが、それは致命的な隙だ。
少し前まで俺がいた場所を弾丸が貫き、土煙が無数に出来上がる。
「ウォーピック! 貫けぇ!!」
叫びを音声入力として受け付けた機体が、左手に近接武装を握らせる。
サイズはMMWの拳3個分ほどで安くて鋭い、俺みたいな存在の頼れる味方。
射程だなんだとかを除外し、とにかく威力だけを考えた場合には、だけれども。
ぶつかるように相手のMMWへと突撃すると、すぐに感じる手ごたえという名の衝撃。
頭の中の俺もおススメしたそれは、狙い通りに力を発揮する。
『バイタル停止を確認。お疲れさん』
「勝った……」
ウォーピックが刺さったところから、噴水のように噴き出す相手MMWのオイル。
真っ赤なそれが、まるで血のように感じ……少女のことを思う。
お嬢様な彼女は、きっと気分を悪くしてるだろうなと。
封鎖が解除された無線に飛び込んでくる、意外な元気な声に驚きつつ、天井を見上げる。
悲鳴も混じったような、会場の歓声。
機体の隙間から届くオイルと鉄の臭い。
それらすべてが……生を感じさせるのだった。