ドラゴンとの戦い
狩りが行われてから数日後、ジュニアスから後宮について報告があった。
「それで、どうだったんだ、後宮は。」
「はい。後宮に潜入したところ、そこには誰もいませんでした。」
「なに?いなかった?」
「はい。後宮に出入りしている侍女たちは、食事を運んでいる様子でしたが、後宮の掃除などは一切行っておりません。」
「管理は全くしていないということだな。」
「ええ、全く。しかし、食事の運ばれた部屋と、いくつかの部屋は使われている形跡がありました。」
「なに?誰も管理していない場所に、人の形跡があったのか。」
「はい。その形跡をたどったところ、1人の人間が暮らしているということが予想されます。」
「ほう、それはそれは。」
ユーリは面白い展開になってきたと、体を乗り出し深い笑みを浮かべた。
「警備は出入口のみしか敷かれておらず、まるで誰かが後宮に入ってこないようにしているようでした。」
「で、その人物は分かったのか。」
「いえ、それが全く見かけることができませんでした。」
「なんだって?お前が見かけることができなかったなんて…。」
「はい、只者ではありません。」
「ほう、気になるな。」
「え?いえ、このまま調査を任せていただければ…」
「いいや、今日は私も行く。」
「何をおっしゃられているのですか!ダメに決まっているでしょう!」
「いいや、絶対行く。今すぐ案内しろ。」
ユーリは話を聞かず、立ち上がり部屋を出た。
ジュニアスは慌てて彼を追いかける。
「はあ、わかりました。案内いたします。ただし、抜け道を使いますので、見つからないようお願いいたします。」
「わかっている。」
ジュニアスは彼がこうと決めたら変えない人だとわかっていたため、説得はすぐにあきらめ案内することにした。
王宮のある廊下につき、壁の一部を押すと地下に続く階段が現れた。
それを下りていき、一本道を進んでいくと、後宮の中の廊下に出た。
人の気配の全くない後宮を見ながら歩いていくと、ふと外に布がひらめいているのが見えた。
なんだと思い見える位置まで移動すると、そこにはボロボロの服を着た女性が洗濯物を干していた。
「おい、あれって。」
「まさか、あんなぼろぼろの服を着た人がいるとは。」
「私もここに何度か来ていますが、彼女は初めてみました。」
「じゃあ、あいつがここに住んでいる人間か。」
そう言って3人でじっと見つめていると、視線に気づいたのか女性と目が合った。
その瞬間、女性はすごいスピードで建物の中に逃げ込んでいった。
「逃げたぞ、入った場所はどこだ!?」
「あそこは確か、使用人たちの居住区のはずです。」
「そこへ向かうぞ!」
「はい!」
ユーリたちは急いで使用人の居住区に向かっていると、その途中で女性と鉢合わせた。
「「!!」」
女性もユーリたちも突然のことに驚き固まる。
先に動いたのは、女性のほうだった。
近くの窓を開け、窓から外に飛び出していったのだ。
「なにっ!?」
ユーリたちは慌てて窓に近づくが、女性はどんどん走っていく。
見えなくなる前にユーリたちも窓から飛び降り、女性を追いかけた。
女性は足音が聞こえたため、振り返るとまだ追いかけてくる男性3人にまた驚く。
追いつかれてたまるかと、女性は走るスピードを上げる。
ユーリたちも離されまいと必死に追いかける。
しばらくすると、後宮の壁に彼女が向かっていることがわかる。
「そっちは壁だぞ!大人しくつかまれ!」
ユーリが声をかけた瞬間、女性は壁の前にあった草をかき分けその中に消えた。
ユーリたちもその場につくと、そこには大きな穴が開いており、女性がこの壁の穴から山の中へ入っていったということに気づく。
ユーリもその穴をくぐり追いかけようとしたその時。
「お待ち下さい!」
「なんだジュニアス!なぜ止める!」
「そちらは山の中です!山に入るには許可証がなければドラゴンたちに襲われてしまいます!」
「チッ、それもそうだな。」
ユーリはあきらめ立ち上がり、その穴を見つめる。
すると、キーンが声をかけた。
「もしかすると、この間の狩りで見かけた人影は彼女なんじゃないですか?」
「!!そうか、あの速さで走っていったとしたら、この間見かけた人影は彼女の可能性が高いな。」
「あの狩りで見かけたという人影のことですか?」
「ああ。これはまた狩りをしてもらう必要があるな。」
数日後。
ユーリからの申し出ということで、再度狩りを行うこととなった。
ユーリはマルタ王のもとへ向かい挨拶をした。
「この度は私のわがままを聞いていただきありがとうございます。」
「いやいや、この間の狩りで大物をとった立役者からの願いだ。また大物をとってきてくれると期待してしまってな。私も負けるつもりはないが、楽しみにしている。」
「ありがたきお言葉です。今回も大物を仕留めて見せましょう。」
マルタ王と話していると、シャルロッテが近づいてきた。
「ユーリ様、この度もまた大物をとってきてくださいね。ご武運をお祈りしておりますわ。」
「ありがとう、シャルロッテ様。これは、前回以上の大物をとってこなければなりませんね。」
「まあ!」
ユーリの言葉に、シャルロッテは驚く。
シャルロッテはユーリの手を取り、ハンカチを手渡した。
「お怪我がないようにと祈りを込めて刺繍しましたの。良ければ持って行ってください。」
「ありがとうございます。大事にいたします。」
狩りの開始の合図があり、シャルロッテとはそこで別れ、ユーリたちは山の中に入っていった。
ある程度奥まで進んだところで、騎士たちに命令を下した。
「適当な獲物を狩っておいてくれ。ただし、危険だと感じたらすぐさま逃げるように!」
「はっ!必ずや大物を仕留めて見せます!」
「ああ、頼んだぞ。」
そう言い、ユーリとキーンは急ぎ馬を走らせ、山を登って行った。
ユーリたちは再度山の頂上へ着き、今度は堂々と彼らの前に姿を現した。
「なぜまた来た、人間よ。」
「すみませんが、ここに黒色の髪をした女性が来ていないでしょうか。」
「なに?そんなものはいない。帰れと以前も言ったはずだが?」
「そんなはずはありません。私は以前山のほうへ駆けてゆく女性を見たのです。その女性は許可証を持っていない様子でした。」
「それは今日の話ではないだろう。」
「ええ、ですが、その女性は後宮に今日もいないようでしたので、また山の中に入ってきているのではと思っております。ですので、もし、その人間を捕まえている場合は、お願いです、引き渡していただけませんでしょうか。」
「なに?」
ユーリの言葉にドラゴンたちはざわめきだした。
それを見たユーリは、やはりここにいるのではと確信する。
山の中に平然と入っていく彼女を見て、必ずドラゴンに会っていないはずはないと感じていたが、まさか守られているとはユーリも思ってもみなかった。
ざわめくドラゴンたちに、ユーリはさらに言い募る。
「どうかお願いいたします、その女性を殺さないでください!」
そう言い放った瞬間、大きな影がその場を覆った。
ドラゴンたちはいっせいに頭を下げ、その存在にひれ伏した。
ユーリたちはそのドラゴンに驚き、固まる。
「何やら騒がしいと思っていたら、人間がなぜこんなところにいる。」
竜王ジェーンドゥはユーリたちを問いただした。
「これはこれは竜王様。お目にかかれて光栄でございます。」
「お世辞はよい。なぜここにいるのかと聞いているのだ。」
鋭い視線にユーリたちの背中に冷や汗が流れる。
「それは、許可証を持たない人間がこの山に入っているからです。」
「なに?それはどういうことだ。」
「はい。私は先日黒い髪の女性が山の中に入っていくのを見ました。今日もその女性は後宮におらず、この山に入っていったようなのです。ですので、その人間を殺さずに引き渡していただきたいのです。」
「ほう。」
ジェーンドゥの瞳が細められる。
ユーリたちは失敗したかと内心焦る。
「では、その人間がもしいたとして、その人間を助けてどうするつもりだ?」
「いえ、私はただ、その女性が気になったのです。普通の女性では出せない速さで駆け抜ける彼女のことをただ知りたいと。」
「なに!?それだけの理由で我々の住処まで来たというのか!」
ジェーンドゥはユーリの言葉に怒りを募らせた。
ただでさえ人間を怖がっているジェーンに対して、ただ知りたいから渡せなど、許せることではなかった。
ユーリたちは突然怒りだしたドラゴンたちに、恐れおののくが、ここに女性がいることを確信する。
この国の腐敗した部分を知れると思い、ユーリは引かず続ける。
「お願いします。どうかその女性に合わせてください!」
「ならぬ!今すぐ立ち去れ!」
「どうか、どうかお願いします!我々はこの国の調査に来たのです。あのような格好をしたものはこの国のどこにもおりませんでした!なぜあのような格好をしていたのか、私は知りたいのです!」
続いたユーリの言葉にジェーンドゥは少し怒りを収めた。
一歩も引かない様子の彼らに、ジェーンドゥは条件を出す。
「ならば、ここにいる一番若いドラゴンと戦い、一太刀でも当てることができれば話してやろう。」
「っ!ありがとうございます!」
ジェーンドゥは後ろに下がり、代わりにドラゴンたちの中で一番若いフィリドールが前に出た。
若いと聞いていたが、それでも大きな体を持つドラゴンにユーリたちは驚くが、負けてなるものかと一歩前に出た。
「それでは、はじめ!」
合図と同時にフィリドールが魔法の竜爪を出し、攻撃を仕掛けてきた。
ユーリたちは剣を構え、それを受けるがあまりの衝撃に吹き飛ばされる。
フィリドールは元の位置に戻り、ユーリたちが立つのを待った。
ユーリたちは、このままではだめだとそれぞれの得意魔法を放った。
ユーリは氷を、キーンは炎を。
それらはことごとく切り捨てられるが、その隙にキーンは近づき、攻撃を仕掛ける。
ユーリはそれに合わせて氷の礫と水の槍を飛ばし援護する。
しかし、一太刀もフィリドールに浴びせることはできない。
一辺倒な戦い方に、フィリドールがあきれていると、次の瞬間、キーンが炎の魔法で辺りに落ちていた氷と水を一気に溶かし蒸発させた。
すると、水蒸気が辺りを包みフィリドールは周りが一切見えなくなる。
フィリドールはこの水蒸気を何とかするため、竜爪で水蒸気ごとキーンを切り裂いた。
その瞬間、後ろに回っていたユーリがフィリドールに一太刀浴びせることができた。
ガキィンと硬いものに鉄がぶつかった音がした。
「そこまで!」
ジェーンドゥの試合終了の合図が響き渡り、水蒸気も消え去った。
キーンは吹き飛ばされ、岩に激突していたが何とか意識を保っていた。
「フィリドール、油断したな。」
「すみません。竜王様…。」
「これで、竜爪一辺倒の戦い方と、いかに自分が弱者に対して驕っていたか分かったな。」
「はい、これからは気を付けます。」
「よろしい。……人間たちよ、そなたたちが勝ったのだ。約束通り、彼女について話をしよう。」
ジェーンドゥはユーリたちに回復魔法をかけて、自分の前に来るように促した。
ユーリたちもそれに従い、ジェーンドゥの前で腰を下ろす。
そこからジェーンドゥの長い話が始まる。