謎の人影
次の日からユーリたちはドラゴニア王国の各地を回った。
漁港や農村部、もちろん城下町も。
どこを見て回っても、悪徳経営などしている様子もなく、活気のあふれた良い国だということが伝わってきた。
「どの街も、活気があふれていたな。」
「はい、不正を行っているような場所はなく、国民が皆この国のことを誇りに思っているようでした。」
「ああ、良い国だな。」
「ええ。」
使節団の視察は1か月をかけ事なきを終えた。
ユーリたちが王宮に戻ってからは、第1王女との関係を深めるための茶会や食事、城内の散歩などいろいろなことが行われた。
もちろん、合間合間に国から持ってきた仕事をこなしていたが。
「ユーリ様」
「どうした。」
「後宮について気になる点が。」
「話してみろ。」
「現在使われていないという後宮ですが、警備が敷かれ、ほんの2人しか1日に侍女が出入りしていないということがわかりました。」
「なに?手入れをしているという話だったが、その人数では手入れなどできやしないじゃないか。」
「はい。不審に思い調査を進めたのですが、知っている者はだれもおらず、また、侍女たちに探りを入れましたが、後宮に出入りしているものなど知らないと返されてしまいました。」
「なんだそれは。明らかに怪しいな。」
「はい。今はまだこの程度しか調べられておりませんが、もう少し時間をいただければもっと詳しく調べることができます。」
「ああ、頼んだ。」
「はっ」
ジュニアスは頭を下げ再度調査に向かった。
「後宮か…。何を隠しているのやら。楽しみだ。」
そう呟いた時のユーリの顔は悪い顔をしていたというが、それを知るものは護衛のキーンしかいない。
それから数日たったある日のこと。
その日は、山で狩りをすることになっていた。
山に入るものは皆、黒色の宝石のようなもののペンダントトップがついたネックレスをつけていた。
「これが許可証、ね。」
「驚きですね。こんなに小さなものだとは思いませんでした。」
「大昔の初代国王が手に入れたドラゴンのうろこだって聞いていたから、もっと大きなものを想像していたが、違ったな。」
許可証について話しているユーリたちに、シャルロッテが近づいてきた。
「ユーリ様!」
「シャルロッテ様。」
「この山には強い動物やモンスターも生息しています。お気をつけてください。ご武運をお祈りしております。」
「ありがとうございます。大物をとってまいりますよ。」
「はいっ!」
シャルロッテは笑顔を見せ、その場から立ち去って行った。
ユーリたちは事前にこの山の生態系を調査していた。
そのため、どのような動物が生息しているか把握していた。
「ここにしかいない動物を狩りたいものだな。」
「ええ、頑張りましょう。この山のモンスターは強いとのことですから、きっとユーリ様のお相手になるものもいるでしょう。」
「ああ、期待している。」
そうこうしているうちに、狩りの開始の合図があった。
参加している王侯貴族たちも一斉に散開した。
山の中を進み、ユーリたちは奥のほうまで来ていた。
すると、鹿型のモンスターがいるのを見つける。
フォレストディアー、森の守護者とも呼ばれているそれは、悠然とした態度で山の中を歩いていた。
ユーリは護衛に手で指示を出し、フォレストディアーを囲んだ。
ユーリは戦闘開始の合図として、氷の魔法でフォレストディアーの足を凍らせた。
驚いたフォレストディアーは、足を動かそうと暴れる。
その隙に騎士たちが攻撃しようとすると、フォレストディアーの目が光り、地面から植物のツタが生えて騎士たちの攻撃を防ぎ、反撃をした。
フォレストディアーは植物の魔法を操る。
それを知っていた騎士たちも負けじとツタを切り裂き、攻撃を仕掛けるが、さらにツタを生やし抵抗する。
騎士たちが注意を引いている間に、ユーリはフォレストディアーの背後に出た。
しかし、それに気づいたフォレストディアーは、岩で壁を作る。
フォレストディアーは、2属性の魔法を使うことができる珍しい存在だ。
突然できた壁にユーリはたたらを踏む。
フォレストディアーは自分のいる場所の地面を隆起させ、上へ移動すると、石礫を魔法で召喚し攻撃し始めた。
騎士たちも負けじと石礫を防ぐが、防ぐだけで手いっぱいになり、攻撃ができなくなる。
しかし、ユーリは水を剣に纏わせ、フォレストディアーの足場を一刀両断した。
突然足場が崩れたことに驚くフォレストディアーに、ユーリは近づき首を一刀両断した。
「やったぞ!フォレストディアーの討伐成功だ!」
「「わぁああああ!」」
フォレストディアーに勝ったことで、ユーリたちは勝鬨をあげた。
フォレストディアーは、モンスターの中でも強い部類に入り、そしてなかなかお目にかかることがないモンスターでもあったため、嬉しさもひとしおだった。
フォレストディアーの角は高価で取引される宝石で、その角になる木の実は高級食材として有名だった。
「これは、今回の狩りで一番の大物になるな。」
「ええ、フォレストディアーなんてなかなかお目にかかれませんから。」
そう話していた時、ユーリの視界に人影が写った。
すごい速さで駆け抜けていったそれに、ユーリは驚く。
「今の見たか!?」
「え?何か見えましたか?」
「急いで追うぞ!」
「狩った獲物はどうするのですか!」
「他の騎士たちに任せる!キーン、ついてこい!」
そういって、ユーリたちは先ほど見かけた人影を追いかけ始めた。
ユーリしか見ていなかったため、キーンは半信半疑だったが、追いかけるにつれて、草木が揺れている音が聞こえ誰かがいたのだと確信する。
そうやってしばらく追いかけた先に、ドラゴンがいるのが見えてきた。
どうやら、ドラゴンの住処まで来てしまったようだった。
ユーリたちは身を潜め、先ほどの人影がいないか探る。
しかし、ドラゴンに見つかってしまう。
「おい、そこにいる人間たち、今すぐ出てこい!」
その呼びかけに、ユーリたちは観念して姿を現す。
両手を上げ、敵意がないことを示すと、ドラゴンたちの警戒心も少し下がった。
「なぜ、人間がここにいる。」
「それは、先ほど人影を見かけ、気になり追いかけたところ、この場所の付近で見失い探していたからです。」
「人がほかにもいたと?」
「ええ。ですが、今回許可証を持っている人間は皆団体行動をしております。1人でいるはずがないので、探しておりました。そのものは確実に許可証を持っていないと思いますので。」
「なぜそんなことが言える。」
「許可証は、この国の王家に伝わるものです。このような国主催で行われる狩りのような時でしか使用されないと聞き及んでいます。だから、その人間を探し、保護しようと思ったのです。」
「保護だと?」
「はい。許可証のないものはドラゴンたちに襲われると聞いております。ですので助けようとしているのです。こちらに、私たち以外の人間を見ませんでしたか?」
「いいや、見ていないし、そんなものは知らぬ。わかったならさっさと立ち去れ!」
「っわかりました。失礼します。」
ドラゴンの威圧に、ユーリたちは気圧され急ぎ山を下りた。
彼らが立ち去った後、話していたドラゴンの後ろからジェーンが顔を出した。
「セルシェル、ありがとう。」
「いや、ジェーンのためだ。私は全然気にしていないよ。」
「…人間たちは山で狩りなんかしているんだね。」
「ああ、滅多にないが、狩りをしている時がある。今日がその日だったんだろう。」
「今日だけ、かな?」
ジェーンは不安になり、セルシェルを見上げる。
セルシェルは安心するように笑顔を見せた。
「何日も行われたことは、今までないよ。安心して明日もここに来てくれ。」
「うん!」
セルシェルの言葉を聞いて安心したのか、ジェーンも笑顔になった。
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ユーリたちが集合場所につくと、既に全員が狩りを終え集まっていた。
「おお、ユーリ殿。いらっしゃらなかったので心配いたしましたよ。」
「マルタ様、ご心配をおかけしました。」
「何かありましたかな?」
「いいえ、特に何も。」
「ならよかった。それでは、誰が一番の大物をとったか決めましょう。」
そう言って、マルタ王はユーリを中心に行くよう促した。
ユーリは後ろを振り返り、誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。
「本当にあれは気のせいだったのか…?」