女性との邂逅
ユーリたちはジェーンの生い立ちを聞いて絶句した。
生まれた時から黒色を纏っているというだけでひどい目に遭い、それから逃げるようにいろんなことに没頭し、この山に来ることになったこと、これまでの人間の仕打ちに、ジェーンが人間を恐ろしく感じていることに憤りを覚えた。
なぜなら、黒色はブレクム王国では強い魔力を持つものとして優遇され、大切にされているからだ。
「私たちの国では黒色を持つものは魔力を多く持ち、強いため優遇されているのですが…。彼女はとてもつらい思いをしてきたのですね。」
「ああ、だが今は我々のもとに来ることで幸せに過ごしている。」
「そうなのですか?では、彼女に会わせていただくことは…。」
「すまないがそれはできない。先ほども言ったが、彼女は人間を怖がっているからな。」
「そうですか…。」
「ユーリ殿下、そろそろお時間が。」
「もうそんな時間か。」
「はい。」
ユーリたちが騎士たち別れてから結構な時間が経過していた。
もう戻らなければドラゴニア王国の者たちに不審に思われると思ったユーリは、しぶしぶその場を後にすることを決めた。
「すみませんが、これにて失礼いたします。貴重なお話を聞かせていただきありがとうございます。」
「ああ、狩りに来ていたのだったな。では山のふもとまで移動させてあげよう。」
「え?どうやって…?」
疑問に思うユーリたちを置き去りに、ジェーンドゥは転移魔法を発動させる。
「どうか、彼女にとって君たちのような人間がよき友になってくれることを祈っているよ。」
すでにそこには誰もおらず、ジェーンドゥの言葉は彼らに届くことはなかった。
ユーリたちは気が付くと集合場所近くの山のふもとに立っていた。
突然の出来事に唖然としていると、ユーリたちのもとにジュニアスが駆け寄ってきた。
「ユーリ様!キース!戻られたのですね。どうでしたか?彼女に会えましたか?」
「いや、会えなかった。今はそれより狩りの成果報告に参加してくる。騎士たちはどうだった?」
「はい。マーダーロックグリズリーを一体仕留めております。それも通常個体より大きいものを。」
「それは上出来だ。前回の獲物にも引けを取らないな。」
そう言いユーリは狩りの報告会に参加していった。
次の日、公務を終わらせたユーリたちは早速後宮へと向かっていた。
ジェーンに会い、話を聞くためである。
そして、こちらの話も聞いてもらい、彼女が置かれている状況が理不尽なものだと知ってもらいたい。
そう思い向かったのだが…。
目があえば逃げる彼女をユーリたちは捕まえることができなかった。
ジェーンは彼らが建物に逃げても追いかけてくるとわかっていたため、見つかるたびに山のほうへ逃げて行った。
ユーリたちは許可証を持っていなければドラゴンたちに襲われるので、諦めざるを得なかった。
そうやって追いかけ続けて数日後、ジェーンもだんだん彼らが諦めないことに根負けして、逃げようとした足を止めた。
「やっと話を聞いてくれる気になったか。」
「……。あなたたち私に何の用があって追いかけてくるの?」
「ああ、それは君のことが知りたいと思ってな。どうか教えてくれないか。」
「なにそれ。それならこの間、ジェーンドゥに聞いたでしょ。」
「ジェーンドゥ?」
「はぁ、竜王のことよ。」
「竜王様の名前はジェーンドゥというのか!」
「…言わなければよかった。」
「まあ、いいじゃないか。そうやっていろいろなことを君の口から聞きたいんだ。ただ話してくれるだけでいい、教えてくれないか?」
「……。あまり、昔の話をするのは好きじゃないのだけれど。」
冷たい態度にもユーリは負けじと話しかけ続ける。
そうする間に、ジェーンの警戒心も少し解けたのか話してくれるようになった。
「君にとって昔の話はつらいものだろう。でも、私たちはこの国の真実が知りたいんだ。どうか、教えてくれ。」
「……。」
ユーリの真剣なまなざしを見て、ジェーンはその言葉が嘘ではないとわかり、話すことにした。
「わかった。話してあげる。でも、ここじゃあれだから建物の中に入りましょう。」
「ああ!ありがとう!」
ユーリたちは話を聞けることに喜んだ。
ジェーンはその様子を見て、本当に話を聞きたいだけなんだと確信した。
ジェーンはそのまま後宮の中に入り、使用人たちの食堂へと案内した。
そこが一番近くて、洗濯物をたたむときにテーブルを使っていたためきれいにしている部屋だったからだ。
ジェーンが椅子に座ると、ユーリも続いて椅子に座った。
ジェーンはユーリの後ろに立ち、座る様子のないキーンとジュニアスを不思議に思った。
「どうしてあなたたちは座らないの?」
「ああ、それもそうだな。キーン、ジュニアス、お前たちも座れ。」
「ですが…。」
「命令だ。」
「わかりました。」
ユーリからの命令ということで、キーンたちは渋々席に着いた。
2人が席に着いたのを見て、ジェーンは話を始める。
「話すといったけれど、内容は本当にジェーンドゥが話したのと何ら変わりわないよ。それでもいいの?」
「ああ、話してくれ。」
ジェーンは昔の話をした。
ユーリたちは何度聞いても嫌な話だと思った。
彼女は後宮から山に出る前までの話をしている間は辛い顔をしていた。
しかし、山に登ってからドラゴンたちに出会って、生活が一変すると顔に生気が戻り明るく元気に、そして幸せそうに日々を語った。
ユーリたちは彼女がドラゴンに出会えてから、本当に幸せに過ごしていたのだと実感した。
「そのあとはあなたたちが知っている通り、ずっとあなたたちに追い掛け回されて嫌な思いをした。これで話は終わり。」
「最後はいらなかったが…。話してくれてありがとう。」
「……。あなたたちは私と一緒にいるのは嫌じゃないのね。」
「どういう意味だ?」
「だって、ここに食事を運んでくる人たちみんな私と目が合うと嫌な顔をするんだもの
。」
「っ!!」
ユーリたちは彼女が楽しく話してくれていたので忘れていた。
この国では黒は忌み嫌われていることを。
そして、彼女の発言に胸が締め付けられるようだった。
「嫌いなわけないだろう!君の髪はきれいで、瞳も美しい。それに、私たちの国では黒は強き者の証で、嫌われるものではない!」
「!!」
ジェーンは大きな声で話し始めたユーリに驚くが、話した内容にさらに驚かされる。
ユーリたちが違う国から来たということは知らなかったが、ユーリたちがほかの国の人間でしかもその国では黒はむしろ好かれる色だということに衝撃を受けた。
「それは、本当?」
「ああ、本当だ。私の髪は深い青色だが、この色でも皆に羨ましがられるほどなんだ。」
実際にユーリの髪色は、深い青色で黒に近かった。
黒に近いその色に、ジェーンは気になっていたことを聞いた。
「この国に来た時、この国の人に嫌な顔をされなかった?」
「…いいや、それはなかった。私の髪は黒ではなく青だという認識なのだろう。」
「そうなんだ…。」
ジェーンは少し肩を落とした。
もしかしたら、彼も同じ目にあっていたのではと思ったからだ。
ジェーンは彼が隣国の王子だということを知らないため、そんな嫌がらせなど起こるはずないということはわからなかった。
「あっ、ごめんなさい。失礼なことを聞いたわ。」
「いや、いい。心配してくれたのだろう?ありがとう。」
「っ!!」
ジェーンは彼を心配していたということが伝わって驚いた。
聞き方によってはお前も嫌われていればいいのにという風にとらえられるものを、心配としてとってくれたからだ。
ジェーンは、ドラゴンたち以外の、人間からの初めてのやさしさに触れ、涙がこぼれた。
ユーリたちは突然泣き出した彼女に驚き、慌てる。
「ど、どうした!?何かひどいことをしたか!?」
「ひっく…。ち、ちがうの…嬉しくて…。」
「っ!!…そうか、ならよかった。」
ユーリはジェーン近づき、背中を撫でた。
ユーリの手が当たった瞬間、ジェーンはビクッとしたが、落ち着きその手を受け入れた。
ジェーンはその手のやさしさにさらに涙があふれる。
ユーリは泣き止むまで、背中を撫で続けた。
「落ち着いたか?」
「うん。ありがとう。」
「……。そうだ!俺たち友達にならないか?」
「友達?」
ユーリは先ほどまでのきっちりした態度から、いきなり砕けた態度へと変わった。
友達という言葉に、ジェーンは困惑する。
「ああ、友達だ。」
「友達に、なってくれるの?」
「もちろん!だから、これからは砕けたしゃべり方をさせてもらう。な、いいだろう?」
「……。うん、友達になろう。」
ジェーンはそこで初めてユーリに対し笑顔を見せた。
初めて向けられた笑顔に、ユーリは胸を打たれる。
「改めて、俺はユーリ、ユーリ・ブレクムだ。」
「私は、名無しのジェーン。」
「名無し?どうして名無しなんだ?ジェーンという名があるじゃないか。」
ユーリはジェーンが突然名無しと言ったことに驚く。
ジェーンと名乗っているのに、どこが名無しなのかと。
「私はもともと名前なんてなかったの。でも、ジェーンドゥが、竜王が私に名前を付けてくれた。名無しを意味するジェーンドゥからとって、ジェーン。だから、私は名無しのジェーンなの。」
「!!」
ユーリたちは新たな事実に驚かされる。
今まで名前を聞いてこなかったが、まさか名前を付けられておらず、ドラゴンに名前を付けられていたなど思いもしなかった。
さらに、竜王の名が名無しを意味する言葉ということに重ねて驚かされる。
「名無しを意味する名が、竜王についているのか!?」
「人間を襲わないとドラゴンたちを説得させた人間が、名前のなかった竜王に名前を付けるとき、名無しを意味するジェーンドゥって名前を付けてくれたんだって。」
「そうなのか……。ん?今なんて?」
ジェーンの話には、ユーリたちは聞き逃せないものが混ざっていた。
「え?だから、人間がジェーンドゥって名前を付けてくれたんだって。」
「いいや、そこじゃなくてその前!」
「?人間を襲わないとドラゴンたちを説得させた人間?」
「そう、それだ!」
「それがどうしたの?」
「竜王であるジェーンドゥを倒したんじゃなく、説得させたのか!?」
「うん。そうだけど。」
さらりと言われた衝撃の事実に、ユーリたちは絶句する。
ユーリたちもこの国の成り立ちについて調べてきた。
建国の話は、子供に聞かせる話としても浸透しているからだ。
そこには、凶悪なドラゴンの王を倒し、人間を襲わないよう説得させたと書かれていた。
なのに、今ジェーンが話したことが本当だとすれば、史実はかなり変わることとなる。
「どうかした?」
「それが本当なら、大変なことだぞ?」
「どうして?ジェーンドゥはその人間を気に入ってたんだよ。山まで登ってきて、若いドラゴンと勝負させたら勝って、人間のことを教えてくれて、襲わない約束をしたって言ってたんだ。すごいよね、ジェーンドゥに気に入られるなんてなかなかないよ。」
ユーリたちはもう言葉が出なかった。
こんなにも歴史と違うことがあるだろうか。
現在の歴史になるまで一体何が起こったのか知りたいくらいだった。
「き、今日はいろんな話を聞かせてくれてありがとう。」
「ううん。私も初めてこんなに人間と話せてよかった。」
「また明日も会いに来てもいいか?」
「明日も?」
「ああ、ダメか?」
「……。今日とおんなじ時間なら、いいよ。」
「ありがとう!それじゃあ、また明日。」
「また明日。」
ユーリたちは部屋を出て、隠し通路を通り、自分たちがあてがわれている部屋へ向かった。
執務室にある机について、ユーリたちは一息ついた。
「今日聞いたことは口外せぬように。」
「「はっ」」
「はぁ、とんでもない女性だったな……。」
ユーリは窓から見える後宮を眺めながらため息をついた。




