思い出を糧に。
両親の墓の前で俺は今後のことについて考える。
一度だけ昔の父のことを尋ねたことがある。
もともとは王国で騎士をしていた父は、俺が物心つく前にこの森に移り住んだらしい。
母は体が弱く、いつ死んでもおかしくない状態だった。それを少しでも良化できればと静かな森に移り住んだんだと…
それが功を奏してか、母はそんな状態でも五年生きた。
騎士だったころの話は多くは語らなかったが「それなりには強かったんだぞ。」と少しだけ自慢げに話していたことを思い出す。
「騎士か…。」
父から教わった剣と魔法…
父の背中を追いかけて騎士になってみるのもアリか…。
16歳であれば騎士になるための資格は得られる。
善は急げだ。明日にでも試験を受けてみようか。
父に教わった剣術と魔法があれば例えどんな試験でも乗り越えられる。そんな気がする。
「見守っててくれ…。」
そう言い残して父と母の墓を後にした。
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必要最低限の準備をし街に向かった俺は、人の多さに圧巻されていた。
「これが話に聞いていた祭り…?」
生前父が話していた。
街には年に数回祭りという人が集まり賑わう行事があると。
「歩き辛い…」
森の中では木々の隙間を難なく、くぐり抜けているが…
無作為に動き回る人の合間を上手く動けない俺は、暫く呆然と立ち尽くしていた。
人の森から目を背け、天を仰いでいると、
ポンポンと肩を叩かれる。
振り向くと、黄金色の長い髪を風になびかせる少女がいた。
「どうしたの?迷子?」
少女は覗き込むように俺の顔を見る。
「いや、祭りの凄さに圧倒されて…。」
近いな…と思いながら、
少女の視線から伏し目がちに顔を背ける。
「ぷっ…あはは!これが祭りって!
どんな田舎から来たのよ!」
少女はお腹を抱えながら大笑いし、涙目になっている。
「え?今日は祭りじゃないのか!?」
驚きのあまり、先ほど逸らしたばかりの視線を少女に戻す。
父から聞いていた祭りは正にコレ!
いや、むしろ想像よりも活気と人で賑わっているのに祭りじゃない…?
いや、これ以上があってたまるか。
「こんなのいつも通りの風景よ。」
そんな俺の願いを裏切るように、
少女は人差し指で涙を拭いながら応える。
「あー!お腹痛い!あなたどこの出身なの?」
「出身というか…森のほうから来たんだけど…。」
「へ?セレクティオの近くの森?まさか精霊の森なんてことは…ないわね…」
少女は顎を人差し指と親指に乗せ考える。
「この辺の森に人が住んでるなんて聞いたことないわね。」
「まぁ俺と父さん以外は滅多に人には会わなかったな。」
「まさか本当に言ってるの…?
まぁでもそれならこの光景を祭りだなんていうのも納得がいくわね。
そんな森育ちのあなたは今日何しに街に来たの?」
「騎士になる試験を受けようと思って来たんだけど、お察しの通り絶賛迷子だ。」
「あら、そうなの?
私もあまり時間が無いのだけれど、道案内くらいならしてあげるわ。
はぐれないようにしっかり付いてきて!」
「あ!おい!」
俺の返事を待つことなく歩き出した少女に、置いて行かれないように俺も歩き出す。
黄金色の髪を目印に人の森の中を暫く歩くと大きな建造物の前で少女が立ち止まる。
「ここよ。案内はここまでね。」
「助かるよ。ありがとう。」
この少女に出会わなければ、踵を返して森に帰っていたところだ。
「君も予定があったんだろ?わざわざ申し訳なかったな。」
「えぇまぁ…予定はここに来ることなんだけどね。
中に入ったら今度はライバルね。」
「ん?」
「私も試験を受けに来たの。私はアリス。アリス・ワンダーよ。」
少女は右手を差し出し握手を求める。
困惑しながらも俺はそれに応じ、自分の名前を名乗り返す。
「俺はレイヴン・ミラー。よろしく。」
「良い名前ね。お互い受かるまでよろしくは言わないでおくわ。
ここで落ちたらまた一年は受けれないから頑張らないとね。」
「試験は結構難しいのか?」
そういえば俺は試験の内容なんて全く知らない。
「ただの騎士になりたいならなんてことはないわ。
一兵卒なんて名前を書けばなれるもの。
私は試験の上位に入って、聖騎士になる為の切符がほしいの。」
「聖騎士…?」
アリスは俺の疑問符に対して、驚きと呆れ顔が混濁したなんとも言えない表情になっている。
まずい…俺はとことん無知だ。
自分で言うのもアレだが…何しに来たんだ。
「聖騎士は精霊との契約の権利を得られる。
騎士なんかより遥かに上の階級よ。」
精霊…?
と、思ったがこれ以上は口に出すまい。
「………。まさか精霊すらも…」
おっと…顔には出てしまったようだ…
「呆れたわ。この調子だとレイヴンはライバルに数えなくても良さそうね。」
「ぐうの音も出ません。」
「まぁいいわ。ライバルが減るなら私としては万々歳よ。
去年は試験前に怪我をして逃したけど…今年は誰にも負けるつもりはないわ。」
そう言ったアリスの拳は、強く握られていた。
「さぁそろそろ時間よ。中に入るわよ。」
俺はアリスの後を追うように試験会場の中へと足を踏み入れた。