探偵少年
「キミ、名前は?」
「東蓮人。中学二年生」
「……私は知らないよ。探偵は一人だと思っていた」
事務所へ案内したが、座ってくれない。立ってうろちょろしているのが迷惑なのになぜ気づかない?
「困ったちゃん。いい加減座ってくれ。気が気じゃない」
「なんで?僕はこれでいいの。邪魔しないでよ、お姉さん」
……助手が彼じゃなくてよかった。間違っても絶対後悔する。それより、勝負はなにをするのか聞いていなかった。
「蓮人くん。勝負はなにをするんだい?私は聞いていないが」
「推理勝負。映画の犯人を当てるの」
「……映画は?」
蓮人くんは私を見た。
「お姉さんのお金で借りてよ」
と思ったら、後ろの財布を見ていた。
「ありがとう、お姉さん。こんなにいいの?」
「……明日私は学校なんだ。こんなだけど高校生なんだぞ」
レンタルした映画は三つ。日本が一つ、アメリカのが二つ。さらにポップコーンとポテトチップスも買わされた。
結構な額の損失。痛手だ。
「お姉さんは映画見るの?」
「見ていたよ。でも、忙しくなってからは見れなくなった」
「なんで?」
「探偵の仕事」
「ああ……」
蓮人くんは果たして納得してくれただろうか。怪しい。
「僕が開けるよ」
「ありがとう」
周りから見たら姉弟に見えるかもしれない。この場面だけは助手に見られたくない。
蓮人くんと私の映画推理が始まった。だが――
「犯人わかった?」
「字幕をつけてくれ。そうじゃないと本当にわからない」
最初に見せられたのはアメリカ。二本連続に加え倍速再生。ふざけている。
私は純粋な日本生まれ日本育ちだ。日本語しかわからない。
「お姉さん弱いね。僕はわかったよ、犯人」
「本当か!?教えてくれ!」
「……わかんないや」
ざっけんじゃねえよ!!
喉から出かかった言葉を飲み込む。中学生にこんな暴言を吐いてはいけないと、理性で抑える。危ない危ない。
「英語は?」
「ううん、出来ないよ」
「じゃあなんで見栄を張ったんだい?」
私の言葉に蓮人くんは黙って答えようとしない。
「理由でもあるのかい?」
「……ないよ。僕は探偵だもん」
どうも納得いかない。だが、追求するのもよくないと思った私はそこで止めた。
「勝負はまだ終わっていない。これで決着をつけよう」
「いいよ。でも、僕の勝ちは決まってるけど」
勝負を再開する。蓮人くんの目は、画面に釘付けになっていた。
「勝った!」
「……負けたよ。でも、ヒントを与えたのは私だから私の勝ちだ」
変な見栄を張ってしまった。結局私があやふやにしている。なんでかな……。
「負けず嫌いだね、お姉さん」
「そうかもね」
私は言葉に少しの怒りを込めて蓮人くんに言った。
その後は犯人を探すことに夢中になったせいで、本当の犯人を聞き逃した。
「……負けたよ。完敗だ」
「やっぱりね。僕はお姉さんより強いんだ」
蓮人くんの言葉にはどうも慣れない。助手はもうちょっと優しいけどな。
時計を見る。午後の二時。もうそろそろ帰らせた方がいいと考え、私は蓮人くんに提案する。
「もう帰るんだ。お母さんが心配しているだろう?」
「……帰りたくない」
「どうして?」
「嫌だ! 帰らない! 僕はお姉さんから離れたくない!」
わがままを言う蓮人くん。反抗期だろうか?
「もう遅い時間だ。帰ってもらわないとお母さんが心配するだろう?」
「お母さんはそんなこと言わない! だからお姉さんの側がいい!」
困った。子供の世話をする母親の気持ちが痛いくらいわかる。お母さんも大変な思いをのしただろう。
「…………蓮人くん」
そう言って渡したのは事務所の住所を書いたメモだ。
「なんで?」
「相談に乗りたいからさ。理由がなきゃ、そんなに嫌がらないだろう?反抗期ならもっとツンケンしている」
「……」
「見たところ、反抗期じゃなさそうだ。だが、私以外にいたずらはダメだ。子供だから許される時代は終わってしまったからね」
蓮人くんに釘を刺すように言い続ける。
「わかった。……今日はありがとう、お姉さん。また遊ぼうね」
蓮人くんは納得してくれたらしく、事務所を出ていった。
後に残されたのはレンタルしたビデオ三つと、未開封のポテトチップスだった。
「はあ……助手へのプレゼントだな」
そう愚痴ると、私は片付けを始めた。
「セレナさん、おはようございます! って、どうしたんですか? 元気なさそう……」
助手のあいさつと心配に適当な返事を返し、学校へ歩き出す。
「子守りをしていたんだ。疲れたよ」
「はは~、子守りですか……。子守り!?」
助手のうるさい声を聞き流し、私は話を進める。
「そうだ。子守りだよ。十四の子供の子守り」
「十四って……大人に近いですね」
「まだ遠いよ」
そんな話をしている内に学校へ到着した。
「今日も元気に頑張ろうか」
事務所へ帰ると、蓮人くんがいた。
「なんでいるんだい」
「お姉さんがいていいって言ったから」
私はそんなこと言った覚えはない。というか、どうして今日もいるんだ。
「名前教えてよ。お姉さんの」
「水川セレナ。ここの所長」
「ふーん。そうなんだ。僕は自分で作ったよ、探偵事務所」
「お金がかかるが」
「そうじゃないよ。想像だけど」
そう言うと蓮人くんは大きな紙を見せてくれた。
「ほら。ここが僕の家。家の下には事務所があるんだ。それでね――」
蓮人くんの話はその後も続き、気が付けば日が沈む頃になっていた。
「また来るね、バイバイ!」
蓮人くんを見送った私はソファに寝転んだ。
「…………自分で作った、か」
想像にしては中々いい出来だった。私もこれくらいの想像力が欲しいものだ。
「流石にもう来ないでくれるとありがたいな」
正直な感想を言うと、とてもしんどい。来ないでくれた方がこちらとしては助かるのだが。
でも、また来て欲しいと思ってしまう。寂しい気持ちが大きいのかも。
「お母さん。私は元気だから心配しないでいいよ」
勝手にこぼれた言葉は、お母さんへの感謝の言葉だった。
「今日も来たのかい」
「うん。今日も」
それからというもの、蓮人くんは結構な頻度で事務所に来るようになった。お母さんの許可は取ってあるのかと聞いても答えず、助手とも触れ合うようになった。
「お兄さん! 今日はこれで遊ぼうよ!」
「それなら負けないぞー!セレナさん、公園行って来ますねー」
「行ってらっしゃい。気を付けて行くんだぞー」
助手と蓮人くんは事務所を飛び出して行った。
これじゃ私達は蓮人くんの保護者みたいだ。本当の親はちゃんといるのに、どうして蓮人くんは私の事務所まで遊びに来るのだろうか?そう思った矢先、一本の電話がかかってきた。
「もしもし?」
「あの、水川探偵事務所さん……ですか?」
「そうです。所長の水川セレナですが」
「蓮人、どうしてますか?」
「それなら助手と……。あ、いえ。背の高い男の子と近くの公園で遊んでいますが」
「あの子また……! 連れ戻しに行きます!」
電話が切れる。助手にその旨を伝えるため、急いで事務所を出た。
公園に行くと、蓮人くんを助手から引きはがしている女性がいた。あの人が蓮人くんのお母さんだ。
「蓮人!何度言ったらわかるの?あなたは将来、国の未来を背負ってもらうの!こんな場所で遊んでないで勉強しなさい!」
「やだやだやだ、勉強したくない! お兄さん、お姉さん助けてよ!」
泣きながら私達に助けを求める蓮人くん。助手が近寄ったがお母さんに「放っておいてください!」と言われ、黙って見守るほかなかった。
そのまま引きずられていく蓮人くん。
「…………」
「……セレナさん。俺達、どうしたらいいんでしょうね」
「わからないな。ただ、こういうことを正しいと思う人もいくらかはいる。そのことを理解しないといけない。嫌でもね」
その日を境に、蓮人くんは事務所に姿を見せなくなった。
「蓮人くん、どうしてますかね」
「…………」
もう五月も終わりになろうとしていた。そんな中、助手がふと思い出したかのようにそう言った。
二週間くらい、蓮人くんは姿を見せていない。お母さんにこっぴどく叱られたのだろう。来なくなって気が楽になった、というのは少し違う。逆に寂しくなった気がした。
「なあ、助手」
「なんですか」
「彼は探偵を名乗っている。想像の世界だが、自分が探偵になりきって事件を解決しているみたいなんだ。私は蓮人くんの手伝いをしたい。キミにも協力して欲しいと思っているが、どうだ?」
助手はしばらく考えた後、答えを出した。
「やりましょう。蓮人くんの願いを叶えましょうよ!」
「結論は出たね。まずは蓮人くんのことをお母さんにわかってもらわないと」
取り敢えず結論が出たからテレビをつけた。
「速報です。都内で中学二年生の男の子が行方不明になりました」
行方不明。物騒だな。私がそう思っていると、電話が鳴り響いた。
「もしもし」
「蓮人の母ですが。蓮人はここにいませんか?今朝起きてみたらどこにも姿が見えないんです」
焦りと不安が混ざったような声で私に問いかける蓮人くんのお母さん。ということは――
「蓮人くん、行方不明ってことですか?」
「そうです! 今、警察の方に事情を聞かれてて。すみません、もう」
忙しいのか、それだけ伝えると電話が切れた。
「これは、まずいな」
「……蓮人くんのお母さん。蓮人くんに勉強しろって言ってた方でしたよね?」
「恐らくそれに反発したんだ。自分の自由を縛られるのは一番嫌うからね」
私達は少し考えた後、蓮人くんの家に行くことに決めた。