真実への糸口
「どうしてこうなった…………」
私が助手と会って開口一番に発した言葉がそれだった。
「まあ、わからないわけじゃないですよ。俺だって驚いているんです。神崎さんから送られてきたときはびっくりしたんですから」
「神崎さんから来たのか?」
助手はなぜ情報を先取りしていたのだろう? ……もしや。
「仲良くなったのか。あの一件で」
「はい! ファン同士の交流って大切ですよね! 『あの探偵よりお前さんの方がよっぽど信頼できる』って言ってましたよ神崎さん」
癪に障る。が、そんなことを気にしている場合ではないことは明白だ。すぐにでも真相を明らかにしなければ探偵の名に汚点がつくことになる。
「だが、大切なのは学校だ。少しづつ真相を明らかにしていこう」
「ですね。じゃ、俺はここで」
丁度いい時間で校門をくぐった私達は、それぞれのクラスの下駄箱へ分かれた。
授業中も休み時間も私は情報収集に勤しんでいた。とにかく情報が欲しい。
危ない橋は渡りたくないが、情報のためならなんだって差し出してしまうような感じになっていた。未だ悩んでいる私に助手からメールが届いた。
「大丈夫そうです? 自分を追い込まないように気を付けてくださいね」
ふっ、と笑いを堪えているような息が漏れる。昨日の気遣いは水に流してやろう。
放課後。飲み物を飲んでいないので喉が渇いてしょうがなかった。こんな状態のまま教室で助手を待つことなんて出来ない私は、飲み物を買いに行くことに決めた。
ここから一番近い自販機は……体育館横の場所だ。助手がいるかどうかわからないが、少し期待している自分がいた。
「助手」
「なんですかセレナさん。飲み物はとっくに……」
ああ、買ってくれていたのか。これは流石に悪いことをしてしまったかな。
「事務所に寄って行って構わないよ。少し話をしておきたい」
事務所に着くまでの道で私の予想を説明した。それを聞いた助手はホワイトボードを見るなりこう言った。
「俺の落書き見て入れ替わりって思ったんですか。セレナさん面白いですね」
上げて下げるタイプだろうか、この助手。好感度がプラスとマイナスを行き来している。これ以上は流石の私もプンプンするかも。
「いい加減にしたまえよ。これ以上は怒るぞ」
「え、俺なんかしました? この口がいけないとか言う気じゃないですよね?」
我慢の限界になった私は、助手の耳元で叫んでやった。
「どの口が言うかああああああああっ!!」
「うるせえ! あ、ごめんなさい」
…………ひどい。この助手ひどいわ。もう。
「依頼者もそうだが、なぜ彼も犠牲にならざるを得なかったのか。考えてみるしかないね」
私は本当に仕方なく、あることを決意したのだった。
「SNSを使う、ですか」
休日。助手を呼んで作戦を練ることにした。これを使えば依頼が楽に解決できそう、という下心は置いておいて。情報が圧倒的に足りない。神崎さんとも音信不通の状態の今、頼れるのはネットの海を徘徊している情報員しかいないのだ。
探偵としてあまりこういったことはしたくなかったのだが、仕方ない。
私は助手に頼んでSNSのアカウントを作ってもらった。保福男と酒井雄二について知っている人がいれば連絡して欲しいと書き込みを入れ、一日放置してみることにした。
「後は足を使うしかなさそうだ」
「……インドア派卒業ですか? 陰キャから陽キャになりますか?」
助手。そろそろわきまえた方が身のためだぞ。私は今猛烈に怒っている。こんな煽り、人生で一回も受けたことがない。
「キミは大人しくここにいろ! 私の足でなんとかするから、黙って見ているんだ!」
「……俺近くにいなきゃ見れませんけど」
恥ずかしい。顔がボッと赤くなってしまうのが自分でもわかった。ああ、もう! 気が狂う。そんな私をニコニコして見ている助手を、私は見れなかった。
と、いうわけで。言ったからには足を使うしかなくなったのだが、それが想像を絶するくらい大変なものになった。
「助手~。待ってくれよ~」
聞き込みをしたり現場に行ってみたり。普段なら警察がやるような仕事を全部やってきた。一体どこのどいつだ、探偵に事件を解決させようなんて言った奴は……!
事務所に戻って来れたのは午後二時。一日の大半を事件に割くなんて考えられなかった。
「もうやめだ。疲れた~」
「楽しかったですよ、俺は。またやりましょうよ!」
そうだな……。なんて、言えない。もう二度とやるものか!
あれから更に数日。この事件は迷宮入りすると諦めていた。
SNSを利用しても思うような情報は集まらないだろうと考えていた私は、ネットの力を甘く見ていた。
「助手助手!見てくれよ!」
「なんですか。まさか一日で千件くらい来たとかじゃ……」
「そうじゃないけど見てくれよ!」
興奮している私はいつもの口調が砕けたことも気にしなかった。
「あっ!」
「そうだろう、すごいだろう!」
SNSの効果が現れた瞬間だった。
「勝ったぞ!私達の勝利だ!」
「まだですよ!でも最高に嬉しいです!」
私達は抱き合って喜んだ。
内容は単純。私達に会いたいと言う人が現れた。曜日も時間も指定され、持ち物まで指定されるのは流石に驚いたが。
会ってみる他ないと思い、私達はその人と会うことになった。
「東川梓と言います。会えて嬉しいです」
「探偵をしています、水川セレナです」
「助手の早見壮太です。よろしくお願いたします」
東川梓さん。彼女の職業はフリーライター。保福夫と酒井雄二の二人を知る数少ない人物。あいさつはほどほどにして本題へ入ることにした。
「えっと、まず……。保福夫さんについて教えて頂ければと」
「はい。彼は言動がころころと変わる人で。会ってみればそれがわかると思いますが……」
なるほど、違和感の正体はそれか。
「会いましたよ。貴女の言う通りの人でした」
「えっと……どこで会ったのですか?」
「私の事務所前で」
「なるほど、事務所前ですか」
東川さんは腕組みをして考えていたが、特に答えを出すことはなかった。
「彼は娘がいると言ってましたが……」
「ああ、彼はウソが得意でして。虚言癖? らしいです」
虚言癖。これは巻き込まれるわけだ。信じてくれる人が少ないのが彼の特徴の一つになっているのは、寂しいことだろう。
「助手はなにかあるかい?」
「俺は特に」
保福夫はいいだろう。酒井雄二に移ろう。
「次に、酒井雄二さんについて教えて欲しいのですが」
「はい。彼は有名コメンテーターだったということは把握しています。ですが、それ以上のことは何も……」
「あの」
助手が手を上げる。
「ネットの情報とか混ざってたり、知ってたりしたら申し訳ないですけど。酒井さんって女性にすぐ暴力を振るったり、愛人だとか言って絡んでくるのは本当ですか?」
東川さんはその質問には答えなかった。
「私男の人が苦手なんです。ごめんなさい」
東川さんは助手に謝ると、私に顔を向けた。
「あの、時間なのでもう……」
「いえ、ありがとうございました。貴重な情報をこんな形で」
東川さんはいつの間に頼んでいたフライドポテトを平らげていた。お金もしっかり払ってその場を後にする。
そうかそうか。東川さんは大食いだったか。だとしてもまあ……。
「二人前を平らげるとはね」
「胃袋どうなってるんですかあの人。すごいですね……」
私達は感服する他なかった。
数日後、東川さん達の関係を調べていた私はある事実に到達した。それは、彼ら三人の関わりが引き起こした事件だった。
「助手、東川さんを呼んでくれ」
「どうしてですかセレナさん?」
「もう少しで事件が解決しそうなんだ。あとは私達二人で頑張ろう」
私達はついに、事件解決の切り札を切るのだった。