不思議な男
最初の事件から三日。私用のため学校から一人で帰った私を待っていたのは、いかにも怪しい男だった。
「あ、あのですねぇ……私こういう者でして」
スーツの男から渡された名刺には『自称会社員 保福男』と書かれていた。
「申し訳ないですが、私はそのような話は受け付けていないので」
そう言って事務所に入ろうとしたが、腕を掴まれ、ぐっと引き寄せられる。
「なにを――」
「これ、依頼してもいいですか?」
彼が私に見せた写真。それは、テレビで有名なコメンテーターの不倫現場の写真だった。
「誘拐の次は不倫。そういう大人の事情こそ警察がやるべきじゃないですか!」
助手が怒る気持ちもわかる。このような依頼は高校生なんかに頼むべきではない。
だが、どこかで噂を聞きつけたという彼の気持ちを汲めば答えてやらないわけにはいかない。そう思った私は情報収集のため助手を呼びつけたのだ。
「えーと、有名コメンテーター酒井雄二。人の心を掴む発言と炎上発言を繰り返すことで支持層とアンチのバランスを取っている……。またアンチだよもう!」
二回目だから決まったわけじゃないが、私に来る依頼は必ずアンチがついている人なのか? 頭を抱える私をよそに、助手がホワイトボードになにやら書いていた。
「なにしてるんだい?」
「なにって、あれですよ。情報の整理。セレナさんが言ってる探偵の基礎ですよ」
そんな情報どこから……。私は助手のスマホを拝借して画面を覗いた。
そこにはまとめサイトが表示されていて、色々な情報が溢れるくらい乗っていた。助手がピックアップしているのは酒井雄二のページ。
週刊誌に掲載されているような内容や、根も葉もない噂などがたくさん羅列してあって、私の頭はパンクしそうだった。
「助手。危ないサイトは控えるんだ。学校から追い出されたらどうする? それこそ一文無しになるぞ!」
「一文無しって、お金がなくなるからそう言うんですよね。なら、お金がなくならないように努力するんですよ!」
助手の滅茶苦茶な言い分に私はまた頭を抱えた。だが、そこまで言うのなら考えの一つや二つあってもおかしくない。私は助手に考えがあるかどうか尋ねてみた。
「そこまで言うならキミ自身の考えを述べるんだ。そうでなければ私は納得しないぞ」
「あるわけないですよ。これから考えるんですよ」
「…………」
ああ、なんか。聞くんじゃなかった。
酒井雄二を調べ始めて数日。一枚の写真だけでは限界になった私達は、依頼者の保福男本人を喫茶店に呼んだ。出来るだけ知っている情報を話してもらおうと考えたからだ。
「保さん、あなた週刊誌関係の人じゃないですよね?」
「ええ、そうですが?」
「じゃあどうしてこんなキレイに写真に撮れたんです?」
保さんはずっと黙っていたが、観念した様子で私を見るとこう答えた。
「実はあの名刺、私が子供の頃に作った名刺なんです」
「はあ……」
「よく出来ているでしょう。父の真似をして一から手作りしたんですよ」
名刺なんてもらった事がないからよくわからない。けれど本物の名刺と比べて違和感がないのなら、それは本物といっても差し支えない。ん? 私は写真の質問をしたはずだが……?
「あの…………」
「どうしました」
ニコニコしている保さんに今度は助手が恐る恐る質問する。
「週刊誌関係じゃないならハンターとか、写真を主にした仕事の人だったりしますか?」
「ああ……一時期はそんな事も仕事としていました。今は腕が衰えてきてしまって。趣味程度にとどめていますよ」
そうですか……。と助手は納得した様子だった。なら、普段の様子はどうだろう。
「普段は何をされているんですか?」
保さんは周りをキョロキョロし始めると、何かに気づいたように目を凝らした数秒後、急に頭を下げた。
「すみません。今日はもうよろしいでしょうか。娘が待っているので」
「は、はい。どうぞ」
不可解だ。とにかく意味がわからない。言動が支離滅裂で、私の方も困惑してくる。店を出ていく保さんを眺めていると、黒い車に乗ってどこかへ行ってしまった。
「戻ろう。はあ……」
「疲れますね。何かおごりますから」
助手の気遣いも今回ばかりは疲れの要因になってしまいそうだった。
学校にいる間もなぜか保さんのことが頭をよぎる。会いたくない雰囲気を醸し出しているのに、話を聞こうと思えば思うほどあの雰囲気に飲まれそうになる。
お陰で今日は友達に心配された。ちゃんと寝ているのか、と。
「え、友達いるんですかセレナさん」
「…………」
「ごめんなさい」
帰り際、助手に煽られた。ああ、気分が悪い。今日は帰ったら寝よう。
夜。布団に潜った数秒後に強烈な違和感を覚えた。言動の支離滅裂さ。酒井雄二と似ている保さん。不思議に思った私は、助手が書き残していったホワイトボードをまじまじと見つめる。
考えること三分。私は一つの結論に辿り着いた。これは、入れ替わりではないのか、と。
「……………………」
本来であればすぐにでも行動を起こすべきなのだろうが、布団のぬくもりに負けた私はそのまま寝ることを選択した。
翌日。事務所前で助手を待っていると、メールの着信音が鳴った。
スマホを出して画面を見ると、助手からの緊急メールが入っていた。内容を急いで確認する。
「……ッ! そんなバカな!?」
つい、大声を出してしまった。その内容は――
件名;緊急連絡
『保さんが殺害されました! 酒井雄二も殺害されたみたいで……。とにかく会って話しましょう!』