アイドルは笑う
椅子に座って五分。暇なので私は布団にくるまっていた。
「助手―。ポテチ取ってー」
「ふぁーい」
コンソメ味のポテトチップスの封を開け、助手の隣に移動して食べ始める。
「何食べているんだい助手」
「俺もポテチです。これ塩味」
差し出された塩味のポテチの袋に手を入れてガサッと取る。これこれ。こういうのがいいんだよ。
「じゃあ俺もいいですか」
助手も私のポテチの袋に手を入れる。なんか結構な量取ったぞ。
「おかしいだろ助手。遠慮しないタイプかキミは」
「食べるの好きなんですよ」
そういうことを言っているのではないが……。
指に付いた塩やコンソメをなめていると、電話が鳴り響いた。助手にポテチを預け急いで受話器を取った。
「はい。ええはい。わかりました。準備して待ってますからいつでもどうぞと。はい、はーい」
受話器を置く。犯人は逮捕され、被害者が事務所に向かっているという内容の電話だった。
「もうすぐだ。準備しよう」
そう言って私は振り返る。助手の口はマンボウのように膨らんでいた。私と自分のポテチを無理矢理詰め込んだのが見てわかった。
カランコロン。来客の合図が事務所内に響く。
「初めまして。ここの所長をしている水川セレナだ。よろしく」
「助手の早海壮太です。あ、飲み物入れますね」
「……どうも」
被害者、南方夢がマネージャーの空穂さんを連れてやって来た。私は二人に座るように促し、自分もまた座る。
「犯人はあなたのファンの男だった。主犯の名前は来栖昭。そして、もう一人は来栖平。双子だ」
助手が飲み物を置いた。それを一口飲んで続ける。
「神崎さんに頼んであなたが誘拐された場所を探してもらった。二年前に潰れた廃ビル。そこに軟禁されていた。間違いないかい?」
南方夢は私の言葉にこくりと頷いた。
「まあ、能書きはどうでもいいな。大切なのは真実だ」
そう言って私は一呼吸置くと、南方夢に真実を告げる。
「この事件。根本に関わっているのはあなたのある想い。この事件は途中から自作自演のようになったわけだ」
「どういうことですか!? 事件が、自作自演に……?」
助手が疑うのも無理はない。これは偶然が起きなければこのような結果になっていなかった事件だから。
「前日、あなたが早く帰ったのは母親への誕生日プレゼントを買うためだった。だが、誰も居ないような路地裏を近道として通ったのが災いし、来栖兄弟に誘拐された」
南方夢は俯いていたが、頷いたのはわかった。
行方がわからなくなったのは午後十時過ぎ。深夜とまではいかないものの、暗さは十分にある。誘拐するのに絶好の時間だったはず。
「連れて来られたのは廃ビルの屋上付近の階。最初来栖兄弟はさらった人間を殺して屋上から投げ捨ててしまおうと思っていた。だが誘拐したのがあなただとわかると、彼らはそれが出来なくなった」
それはなぜか。
「あなた達が、親友だからだ」
押し黙る南方夢。その様子を見かねた空穂さんが私に反論した。
「何を。私達はそのような事知りませんよ」
「警察への挑戦状として送られた動画ですが、あなたの元にも送られていましたよね。その時の彼女の様子、どうでした?」
空穂さんは答えられず黙ってしまう。代わりに私が答える。
「余り怯えている様子は見受けられなかった。そうですね?」
さて、もう種は十分に撒いた。本人が口を開いてくれればいいんだが。
「ははっ、そんなわけないでしょう。夢、お前もなんとか言ったらどうだ?」
まだ足りないか……? いや、もうよさそうだ。
「探偵さん……。私も、共犯ですか?」
「夢!」
「お父さんは黙ってて!」
南方夢の言葉に空穂さんは黙ってしまった。
「…………話してくれますか。真実を」
「はい……」
南方夢は真実を話し始めた。
大方は私の言う通りで間違いないという。だが、計画を変えたのは彼らではなく自分自身。だから共犯の可能性を疑い、真実を話そうと思った。
「誘拐されたってわかった時、すごく怖かった。でも、覆面を取った男が昭くんに似てるって思って……声をかけました。そうしたら、本当で」
「なんでこんなことするのって聞いても、黙ってて。部屋に連れて来られて、私の事どうするつもりなのって聞いて、話してくれたんです。アイドルに裏切られたから、どんなアイドルでもいいから殺してやろうって」
私の方をちらりと見たが、構わず話すように促した。
「でも、昭くんは私を好きだったみたいで、殺せなくて。だから私はこの状況を利用してやろうって思ったんです。……お母さんを振り向かせたくて」
空穂さんはずっと黙っていたが、語りかけるように話し始めた。
「私の妻は、きらびやかな物が嫌いでして。夢が……娘が、アイドルになりたいって言った時は猛反発して……家を出て行ってしまったんです。二人三脚でトップアイドルを目指そうって励ましたのですが、当時の夢は反抗期真っ盛りで、ちゃんと伝わっているかどうか心配しました」
「けれど、夢は叶いましたよ。妻が居れば、どう喜んだか」
そのまま黙ってしまう二人。そんな空気を破るように助手が私に耳打ちする。
「なんかまとまりがないですよね。明日にしませんか?」
「いや、学校があるだろ。今日だ。今日じゃなきゃダメだ」
助手を黙らせた私は、彼女達に結論を言うことにした。
「まず、権限が警察ではなくこちらにある以上、私の判断が全てになる。共犯かどうかの線引きは私が決める。ただ、あなた方にはここの手伝いをして欲しいと思っている」
二人は驚いていたが、南方夢が「なんでもします!」と言ってくれた。
交渉成立だ。
「じゃあ……ここの代金を払ってもらいたい」
「ここの代金。え、代金!?」
南方夢は驚いて立ち上がった拍子に飲み物をこぼしてしまった。
「うわあああっ、こぼした!」
「今拭き取りますんで!」
助手が素早く動いてくれて助かる。空穂さんにはしっかり事情を説明したからか納得してくれた。いつの間にか飲み物を拭き終わった助手はサイン用紙とペンを持ってサインをねだっていた。
「生サインだ~! セレナさん、生サイン」
「今日はありがとう。ゆっくり休んでくれ」
助手の言葉を無視した私は二人を返したのだった。
「さて報告書だ。助手。ワープロ関係は出来るかい?」
「出来ますよ。っていうか、セレナさん出来ないんですか?」
「当然だ。出来るのは推理だけ。これが私のポリシーだ」
助手はワクワクした様子で画面に映る報告書に文字を打ち始めた。
「ちなみに」
「はい」
「本文は一万字以上ないとダメみたいだ」
「一万……楽勝!」
やる気を出さないかと思っていたのに更に出してくれた。ああ、キミは立派な助手だよ。早海壮太。
報告書のチェックは最終的に所長の私がするのだが、本当によく書けている。小一時間で書いたとは思えない出来だ。
来栖兄弟の供述と南方夢の言葉からまとめると、誘拐された南方夢は来栖兄弟に母を振り向かせるように協力して欲しいと頼み、当初兄弟が計画していた内容から変えたという。父でありマネージャーである空穂さんに三億を要求すれば探偵が動くと踏んだ弟の平はその通りに要求。一方、娘が誘拐されたのに動かないことにしびれを切らした兄の昭は要求を早めることで焦らせようと思ったが、それが逆効果になり居場所が特定され現行犯逮捕。南方夢は無事解放された。
最初は空穂夢で活動しようと思ったそうだ。が、母の姓の南方が芸名に丁度よく当てはまったためにこれで行く事にしたそうだ。これは助手が書いた余談だが、芸名の由来も知れるからそのままにしておいた。
「よし、これで出そう。事件は解決した」
「良かったですね」
「ああ」
数日後、神崎さんから役に立つともらったが結局使わなかったCDを再生してみた。これも十分いい声だったが、テレビ番組で彼女が特集された時の生歌はもっといい声だった。母親との関係も改善され、裏垢の内容も謝罪。そのことで表裏の関係がすっきりした彼女は、東京のトップアイドルとしてアイドル界に名を連ねる存在になった。そう、空穂さんから連絡が来た。
「…………」
数週間後、物陰から無人の事務所を覗く一人の男がいた。
この男が持って来た依頼が、私達を振り回すことになるとは思わなかった。