解決への糸口
「よし、まずは情報を整理しよう」
「被害者は南方夢さん。二十三歳。アイドルですよね、僕もファンなんです」
「裏垢ではアンチを目の敵にしているが」
「それも知っています。なんていうか、ギャップが激しいですよね。そういう所も好きなんですけど」
なんだ。思った以上に知ってるな。
「じゃあ次だ。その、三日後に一億の具体的な話を聞かせて欲しい」
「了解です!」
助手は敬礼すると紙を読み始める。
「えっと、今から一時間前くらいにマネージャーの空穂さんに電話がかかってきたんですって」
「内容は?」
「お前の人生をかけた大事なアイドルを預かった。五体満足で返して欲しければ、三日後に一億円持ってこい。だ、そうです」
「彼女は前日まで何をしていたんだい?」
「活動していました。ただ、その日は早く帰ったそうです」
その日だけ……よくあることだが。
「ドラマでもトラブルと事件前日に早く帰るのは定番だ。だが……」
身の回りにもファンがいるなら……ストーカーにあってもおかしくないな。私は助手が持っている紙を見せてもらった。
「んー。よく書けているね。情報収集は任せてもいいくらいだ」
「ありがとうございます!」
助手は勢いよく頭を下げる。そんなにせんでもいいのだが。
「近くに喫茶店がある。そこに行こう」
「動かないんですか! 現場に行くとか、知っている人に話を聞くとか!」
助手が驚いた様子で聞いてくる。むっとした私は少しキレて答えた。
「当たり前だろう。私はインドア派なんだ。ドラマのようにあちこちへ飛ぶのはごめんだし、行った先々で事件に巻き込まれるのはもっとごめんだ。後、私は陰キャだ。人前で話すのは緊張して出来ない。恥ずかしいんだ」
「そ、そうなんですか……」
納得してくれたようで嬉しいよ、助手。私は助手について来るよう促し、いつも通っている喫茶店へ向かった。
「いらっしゃいませー」
店員さんに二人と告げると、窓側の席に案内された。
「さ、好きなものを……と言いたいが」
ああ、これ言っていいかなぁ……? いや、背に腹は代えられない。言おう! 助手に向けて口を開く。
「金欠なんだ。安い飲み物にしてくれ~」
「じゃあ、俺オレンジジュースで」
「私はコーヒーにしようかな。アメリカンで」
変に高いものを頼ませないよう助手に泣きつこうとしたけど、そんな必要はなかった。注文を済ませ、助手の服装に目をやる。文字入りのTシャツ。しっかりしたジーンズ。今時の服装だと思った。
「なんか付いてます?」
「いや、いい格好をしていると思うよ」
「そうですか……」
それだけの会話をして待つこと数分。頼んだものがやって来た。
「美味しい。俺ここのオレンジジュース好きなんですよね」
コーヒーにミルクを入れてかき混ぜる。味見のため一口飲む。まあ、当たり前だが苦い。シュガースティックの封を切ってコーヒーに混ぜる。
その様子を助手は興味深そうに見ていた。というか、ここの常連なのか。初めて知ったぞ。
「なんだい」
「俺、苦いの平気なんですよね。コーヒーは流石にブラックじゃ飲みませんけど」
「ふーん」
ここにいる理由は正直言ってない。ただ事務所で待っていれば連絡もすぐにやってくる。でも、ここが落ち着くんだ。昼時になり、客の出入りも多くなってきた。
「帰るか」
「はーい」
店を出る。連絡が来ているといいが。
「ん?」
事務所へ戻ると留守電のランプが赤く光っているのに気づいた。ボタンを押して再生する。
「あー、おい。大変なことになった。どうやら俺達がコソコソ動いているのがバレた。このままだと夢ちゃん殺されちゃうぞ。だから早く来い」
探偵服に着替えベレー帽を被って飛び出す。これは……久しぶりにワクワクしてきたな……!
「神崎さん!」
「ったく、ようやく来たか。これ見ろ」
そう言って神崎さんが見せたのは、犯人と思わしき人物が送って来た映像だった。
「お前たちが何をしているかは把握している。このまま続ければこの女の命はないぞ。俺はこの女を憎んでいるし、恨んでいる」
ナイフを首に当てられて震えているのは間違いなく南方夢だ。
「マネージャーにこの動画を送れ。期間を更に短くする。明日の午前十時だ。要求は変わらない。三億だ、いいな?」
犯人は懐から銃を取り出すと、天井に向けて一発撃った。南方夢が悲鳴をあげる。
「俺は、この世界を変えてやる」
その言葉で映像は締めくくられた。
「だそうだ。探偵」
「セレナさん!」
「おお助手!」
助手がやって来た。ん? なんで?
「これが噂の助手さんか」
「はい。俺、早海壮太です。よろしくお願いします。神崎さん」
「さてはお前、聞いてたな」
なんか変に意気投合しているけど……。時間がないんだ。早速作戦会議をしなければ。
「奥へ行こう」
「南方夢は廃ビルの屋上に近い部屋に軟禁されているようだ。犯人は優しい奴だな。普通は監禁なのによ」
神崎さんが苦笑しながら助手が纏めた情報を整理していく。
「私の考えとしては怨恨などが挙げられると思うが、どう思う助手?」
「ああ、まあ、なんか……そんな感じなのかなーって」
「おいおい、噂の助手さんはこんな感じなのか? もっと頭の切れる奴だと思ってたぜ」
歯切れの悪い回答をした助手に神崎さんが文句を言った。だが、助手がぽつりと言った言葉を私は聞き逃さなかった。
「本当に怨恨なのかな…………」
「それはどういうことだい助手。怨恨の線じゃないというのか」
神崎さんも身を乗り出して話を聞こうとしている。
「いえ、もし怨恨ならいたぶったりはしますけど……もう殺してあるとか。そんな感じですよね。でも、なんかな……映像見てもいいですか?」
許可をもらった助手は映像をじっくりと見始めた。
「…………」
じっくりと映像を見ること数分。助手はなにか閃いたように紙に書きなぐり始めた。
「どうしたおい」
「真剣だね。どうやら私の目に狂いはなかったようだ」
数時間前までは助手にしたのを間違えたと思っていたが、訂正しよう。彼は最高の助手だ。とはいえ、まだ決まったわけじゃないが。
「どう考えてもおかしいですよ。やっぱり」
「なにがだい?」
助手は手短にまとめて説明してくれた。
まず、ナイフを首に当てられているのに血が一滴も出ていないこと。これはギリギリを攻めているのではないかと思ったが、金属の冷たさによる震えがあるはずだと助手は否定した。次に、キリのいいタイミングで映像が切れたこと。これにより犯人は複数犯、最低二人はいることが確定した。だが、疑問が残る。ナイフでの震えではないならあの震えはなんだ?
助手は考えていたが、少しして思い出したように答えた。
「あのビルって春夏は暖かいんですよ。震えてはいましたけど、それも不自然な感じがして。なんか、震えを再現しているような……。とにかく、本当の目的があるのかも」
本当の目的。お金意外だとするなら……。
「家族か!」
一つの結論に思い至った。ああそうか、これならつじつまが合う。
「神崎さん、連絡を。犯人がわかった」
「嘘だろ。仕事増やすなよ、ったく」
愚痴をこぼしながらも神崎さんは手際よく連絡を入れている。
「俺達はどうしましょう?」
「決まっているだろ、私達は事件を――」
「事件を…………」
助手がごくりと唾を飲む音が聞こえる。……すまない。キミの夢は今から壊れるよ。
「解決しない」
「解決しない…………へっ?」
助手のすっとんきょうな声が聞こえた。そうだ。私はそういうポリシーなんだ。すまないね、助手。
「後は任せよう。私達の仕事はもう終わりだ」
「ちょちょちょ、いいんですか最後まで見届けなくて!」
「いいんだ。帰るぞ」
駄々をこねる子供を引きはがすように交番を後にした。さて、後は
「神崎さんにはいつもの手段でお願いしてある。助手。キミも話を聞いてやってくれよ」
本心を聞き出すだけか。
「どういうことですか。俺は役に立ったんですか?」
ちょっとぷくっとした顔で聞いてきた助手に私は答えを返した。
「ああ、十二分に役立ってくれたさ。ここからは、私の出番だ」
彼女の本心はきっと別にある。金よりも、名誉よりも、競い合う仲間よりも。自分にとって一番のファンを振り向かせるための大博打だった。でも、その試みももう終わりだ。
事務所に戻り、そのまま椅子に座って待つ。助手はソファに寝転んでスマホをいじっている。
「さあ、推理を始めようじゃないか」
その言葉は誰に届いたか。最初の事件が、終わりを迎えようとしていた。