一年前の知り合い
決め台詞の後、事情聴取を助手に任せた私は交番へ向かった。
「こんにちは」
「……久しぶりだな。一年も顔見せてないからどうしたと思ったら、学校だったか」
私が今話しているのは一年前にお世話になった警察の人。渋そうな顔をしているけど、面倒見は結構いい。名前は神崎雄吾。普段人の名前を呼ばない私が唯一さん付けで呼ぶ人だ。
「今日はどうした。また事件か」
「はい。今日は開業初日から誘拐です」
「開業したって、お前……。いよいよ母ちゃんの後を継ぐ気か?」
「そんなことはしませんよ。というか、今はもう引退済みですから」
「邪魔にならないとこに行くぞ。ここだと気になって仕方ねぇ」
周りの人の目線に気づいた神崎さんは奥へ来るように言った。
「座れ。コーヒーか」
「紅茶で」
「お前飲めねぇだろ。ほら、ココアだ」
神崎さんはいつも私を子ども扱いする。取り敢えず一口。
「甘い……うん、一年ぶりだ……」
「あんがとよ。で、状況は」
自分も飲み物の準備をしながら状況の確認を取る。
「誘拐されたのは南方夢。二十三歳の現役アイドル。そのルックスからファンも多い。過激な発言も多くすることからアンチもいるみたいだが、そのアンチでさえもファンの一部として見ている」
「まさに聖人だな」
「いや、そうとも限らないみたいですよ」
怪訝そうな顔をする神崎さんにSNSを見せた。
「これは裏垢です。この通り、親の仇のようにアンチを罵ってます」
「おう、これは……」
裏だからこそ出来る罵詈雑言の嵐。これはひどい。
「まあ、人間誰しも思う部分があるだろうさ」
「ですね…………」
ココアを一口。時計を見ると、そろそろ一時間経とうとしていた。
「神崎さん、また」
「はいよ。連絡してみる」
「お願いします」
よし。これで専念できる。
「私はこれで」
「おいおい、もう行くのか」
「はい。助手を雇いまして」
「助手雇ったのか! ホントお前は母ちゃん似だな」
私の背中をバンバンと叩く。痛い痛い。
「あ、はは……」
「じゃあこれ持ってけ」
渡されたのは南方夢のCD。
「俺ファンでな。協力するからよ。一年ぶりに頑張れる理由が出来たぜ」
「感謝します」
「おう」
ココアを飲み干して神崎さんにお礼を言った私は、事務所へ戻った。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
戻るとなぜか助手の姿しかなかった。
「あれ、依頼人は?」
「返しましたよ。情報は全部喋ってくれました」
「どうして! 身代金要求とかなかったのかい!?」
「それは……ありますよ。三日後に、一億円」
なんと……。この助手はもう……!
「助手。キミ探偵のいろはをわかっているのかい!」
「憧れているだけだから知りませんよそんなの」
うわマジかこの助手。信じられない。私は彼を雇ったのが間違いだと気づいた。
「取り敢えず、情報をまとめよう。話はそれからだ」
キャスター付きの大きなホワイトボードを出して、買った専用のペンで情報を書いていく。情報整理こそ基本。
私は助手をぎゃふんと言わせてやろうと思った。