奇妙なバディが出来るまで
早海壮太。菅原高校に通っており、探偵に憧れている三年生。背が高く、体もしっかりしていて、頭も切れる。三拍子揃った人間であり、私の助手を務めている男だ。
水川セレナ。稀代の探偵少女を名乗るか弱い女。私の事だ。ついでに言えば、高校も学年も助手と同じ。
「あのー……誰と話しているんですか?」
助手が茶々を入れて来た。
「主人公紹介だよ。見ている人に分かりやすいようにしているだけさ」
私はベレー帽を投げ捨ててソファに座り込む。
「あーあ、退屈だ。副業のように始めてから誰も来ないよ」
「まだ一日しか経ってないですもんね。……俺が助手になって」
そうだった。まあ、こうなったのには理由がある。一週間前まで遡ってみよう。
日本。文明が大きく発達した結果、世界と肩を並べられる程の国になった。だが、それと同時に犯罪の手口も複雑化。警察だけでは対処できない大事件が全国で多発するようになっていった。
そこでスポットが当たったのが探偵。自分たちが大事件に深く関われるように、小さな犯罪は全て探偵が請け負うことになった。いや、された、という方が正しい。政府の偉い人がそのように仕向けたらしく、強盗や飼い猫探しはもちろん、殺人まで探偵の仕事になった。
とはいえ、ここ数年大事件は起こっておらず、テレビが行ったアンケートでも『警察より探偵のほうがよっぽど信頼できる』という結果が出たくらいだ。今の時代、警察より探偵のほうが頼られているのが現状だ。
「ここか」
都心からそう遠くない場所にある立派な事務所。学校も近くにあるし、欲しいものは大体揃う。うん、最高だ。一週間後から、私は探偵と学生の二足の草鞋を履いて活動していく。
「まずは、内見だな」
重厚なガラス張りのドアを押して中に入ろうとした時だった。
「ん?」
遠くの茂みからガサガサと音が聞こえ、誰かが足早に去っていく様子がうかがえた。ストーカーの類だろうか。早速メモを取り、わざとらしく音を鳴らして閉じる。
「これは、事件の匂いがするね……」
翌日。内見を済ませた私は、事務所の掃除を始めた。これが意外と時間がかかり、気付けば十二時を過ぎていた。近くのコンビニで弁当でも買おうと考え窓の外に目をやると、昨日のストーカーがいた。
「ッ……!」
気まずそうに目線を逸らせ、駆け足で去って行った。
「その顔、覚えたぞ」
あのストーカーが姿を見せなくなってから二日。私はストーカーの正体を見破った。金曜日にコンタクトを取り、土曜日に推理を決行する。犯人は結構身近にいるというのは本当かもしれない。
金曜日。事務所内でストーカーを待っていると、気まずそうに歩いてくる長身の男が目に入った。外に出て、路地裏に隠れる。さも偶然を装わなければこの作戦は失敗する。数十秒後、男が私の目線から外れた。早歩きで後を追い、肩をポンポン叩く。
「キミ、ちょっといいかい」
「はい」
振り向いた男に対していくつか質問していく。
「学校はどこだい?」
「菅原ですけど」
「歩きながらでも構わないよ。私も菅原だ」
不思議そうな顔をしながらも、男は私と並んで歩いている。
「学年は?」
「三年です」
「クラスは?」
「二組」
「私は三組だ。一緒でないのが悔やまれるな」
話している内に大通りへ出た。もう少し進めば学校に着く。
「年齢は?」
「十八です」
「同じく」
随分と正直な男だ。驚きながらも話を進めていく内に学校が見えた。
「明日の予定は」
「開いてますけど」
「じゃあ、キミが通った事務所に来てくれ。そこに私がいるから」
「事務所……あの、もしかして!」
男の唇に人差し指を立てて黙らせた。
「皆まで言わなくともいい。では」
去り際にメモを渡して、私は昇降口へと向かった。
放課後。昇降口を出ると男が待っていた。
「どうしたんだい」
「どうしたって、このメモなんですか」
男は少しむくれた顔で朝渡したメモを見せて来た。
「ああ、キミは疑われているということを端的に表したメモだ」
「それはどういう」
「明日だ」
男の言葉を制し、私のペースへ引き込む。
「明日になれば全てがわかる。互いの素性も、何もかも」
困惑する男を置いて、私は事務所へと帰った。
決行日。私は事務所の中を整えていた。初めてこの事務所に来た時は広く感じたが、今は私が探偵事務所のようにしたため狭く感じる。
ベレー帽を被り、テレビでよく見る探偵の服装で男を待つ。カランコロンと音が響く。来客の合図だ。
「やあ、朝早くからご苦労様。ふかふかのソファに座って待っていてくれ」
「はい」
男が座ったのを横目に見ながら冷えた麦茶を用意する。
「麦茶でいいかい?」
「はい」
麦茶が入ったコップを男の前に置き、私もソファに座った。
「結論から言おう。キミは私のストーカーだ」
「…………はい?」
「早海壮太。いつどこで私を知った?」
「あの、ちょっと」
「言い逃れは出来ないぞ」
畳みかけるように彼の言葉を封じていく。数分後、彼はようやく私に理由を話し始めた。
「俺、探偵に憧れているんです。父さんが、助けてもらった事があったらしくて。それで、ここに探偵事務所が出来るっていう噂を聞いたからどんな感じかなって思って、そしたらあなたが…………」
「なるほど……キミは尾行に向いていないね」
「お恥ずかしい限りで」
「……そういえば、私の名前を言っていないな」
私だけ名前を知っているのはフェアじゃない。こちらも名乗ろう。
「私は水川セレナ。稀代の探偵少女だ。よろしく」
私が握手のために出した右手を彼は両手で包み込んだ。
「あ、おう……?」
「あなたが、水川セレナさん。ずっと、会いたかった…………!」
しゃくりあげたと思うと、涙を流して喜び始めた。
「そ、そんなに会いたかったのかい、私に」
「はい……父さんが、水川って女性に助けてもらったって、言ってて。それで、俺、ずっと尊敬っていうか、なんか、すみません……」
鼻水まで出て来ている。慌ててティッシュを渡す。
「ふ、ははっ」
「…………?」
思わず笑いがこみ上げる。ああ、面白い。世の中にはこんな異端でさえも尊敬する人間がいるのか。
「面白いな、キミ。丁度いい。探偵になりたいんだろう? なら、チャンスだ」
「チャンス、ですか」
腫れあがった顔で見つめる彼に、一枚の紙を見せる。
「私は今日から、探偵になる。キミは助手だ」
助手と書かれている欄を叩く。そう、この『探偵事務所運営許可書』の提出が無ければ、正式な探偵業務が認められないのだ。
「俺が、助手」
「キミは尾行の真似をしていた。これはよく母が取っていた行動の一つ。調べている内にわかったんだ。キミが胸に秘める探偵への熱い思いもあるが、決め手になったのは……キミの勘の鋭さ」
「勘の、鋭さ」
「ああ」
細く息を吐き、ベレー帽を深くかぶる。
「私が事務所に来いと言ったからキミは私が探偵だという確信が持てた。でも、それは最後のピースに過ぎなかった。本当は見抜いていたんだろう? 最初から、私が探偵であることを」
その推理を聞いていたか知らないが、彼は麦茶を半分飲んで頷いた。
「私に振り向いたときの目線。栗色の髪と碧眼に向いていたのがわかった。つまり、父親の話はほぼ記憶しており、そこに噂などの不確定要素も盛り込んで『水川セレナ』を探し出した。キミは最初から素質があると言っても過言じゃない」
押し黙る彼の肩を叩き、取り敢えず麦茶を飲み干すように促す。
「まあ、これで万事解決だ。普通の探偵はね」
コップを置いた彼は何の前触れもなく立ち上がってお礼を言った。
「ありがとうございます! 俺、頑張ります!」
「ん。今日はもう帰っていい。このことは親御さんたちに話しておくんだぞ」
「はい!」
彼は私に何度もお礼を言いながら事務所を出て行った。
「さて、よろしく頼むよ。助手」
男だ彼だと言っていたが、早海壮太、か。これからは一貫して助手と呼ぶことにしよう。私はそう決めて、許可書を出しに事務所を出て行った。
「とまあ、こういう事があったんだ」
「相変わらず誰に話しているんですか」
呆れたように言う助手。ベレー帽を元の位置に戻した私は、本革の椅子に座った。
「ソファもいいが、ここに座るほうが探偵って感じがするね」
「そうですか? 俺は別に――」
カランコロン。
「あ、あの。ここは、探偵事務所でよろしいでしょうか」
「そうですが、依頼ですか?」
慌てて入って来たのはスーツを着た中年の男。助手はすぐさま依頼かどうかの確認を取る。
「ええ、依頼です。南方夢が、私の担当している子が誘拐されたと!」
「誘拐……!」
これは……動きそうもないか。
「警察は――」
「動かない。ですよね?」
椅子から立ち上がり、依頼人の側に近づく。
「お任せください。私が、誘拐犯を見つけてみせましょう」
「セレナさん……」
「安心したまえ、助手。さあ、一年ぶりの事件だ。華麗に復活した探偵の力を見せてやろう」
こういう時のシメは、やはり
「決め台詞、だな」
数秒思案して思い付いた。
「古今東西、あらゆる探偵を知り尽くした私に解けぬ謎は無い」
少し彼らから離れ、バサッ、と服がなびく音が聞こえるくらいわざとらしく振り向いた。
「稀代の探偵、ここに復活だ!」