告白その後
「俺でよければ、桜宮先生の彼氏にしてください」
そう返事をしてから、何秒が経っただろう。もうすでに三〇秒近く経っている気がする。長い、長い沈黙の中、この空気に耐えかねた俺が、口を開く。
「え、まさかこの流れで、ダメ、ですか? そりゃ、俺は高校生で稼ぎもないですけど……」
「えっ、あ、違っ、違うの。ちょっと予想外すぎて、出鼻を挫かれたというか、あ、滅茶苦茶誤用だね。出鼻を挫かれるは、いきなり邪魔が入って予定通りに行かないときとかに使う言葉だよ。えっと、わかったかな瀬川くん?」
「落ち着いてください桜宮先生。いきなり国語の授業始められても困ります。動揺しすぎて会話がうまく出来ない人みたいになってますから」
「あ、でも、こんなこと初めてで……まさかオッケーもらえると思ってなかったし」
真っ赤に染まった顔を隠すように、俯き加減にもらす桜宮先生。
俺は口の端をゆるめると、桜宮先生の疑問を解消していく。
「桜宮先生って鈍感ですよね」
「瀬川くんがそれ言うの?」
「少しは考えてみてください。普通、好きでもない人の婚約者のフリなんて面倒な大役引き受けると思います?」
「それは……でも、あれは私もちょっと強引なとこあったし」
「もちろん押し負けた節はありますけど、ホントに嫌だったら断ってますから。それに、桜宮先生じゃなければ、とっくの昔に、婚約者役を降りてましたよ。俺、そんなに優しくないですし、自分の時間取られるの好きじゃないので」
「……っ。そう、なんだ」
桜宮先生は一層顔を赤くすると、恥ずかしそうにうつむく。
俺はそんな彼女をからかうように、声のトーンを一段階あげた。
「と、言いたいところですが」
「え?」
「正直に言うと、俺もよく分からないんです。ただ、最近思うところがあって。桜宮先生のこと、すごく心配になるんですよ。放っておけないというか」
「え、ちょっと待って。じゃあ今の話全部嘘ってこと? 私、普通に喜んじゃったんだけどっ」
「すみません。桜宮先生が告白逃げしようとしてたので、少しくらい仕返ししてやろうかと」
「瀬川くんの意地悪……」
桜宮先生は唇を前にとがらせて、ムスッとした表情を浮かべる。俺は口の端を緩めて、笑みをこぼした。
「……まぁあながち嘘でもないですけど」
「え?」
「なんでもないです。……桜宮先生、危うさしかないし、このまま野放しにしてたらマジで悪い男に引っかかりそうだなって……そう思ったら、なんかすごくモヤモヤして」
守ってあげたくなる、最後にそう付け足そうと思ったが、恥ずかしくなったのでやめた。
「うぐ、なんか複雑だな。年下の好きな子にそう思われてるんだ私……」
「桜宮先生は可愛くて美人で明るくて、素敵な人だと思います」
「……ッ。急に褒めるんだ!? 緩急すごくない⁉︎」
「だから、桜宮先生には幸せになってほしいです」
「……は、はい」
「俺にそれを提供できるかは自信ないですけど、頑張ってみるので、俺で良ければ桜宮先生の彼氏にしてください」
もう一度そう告げると、桜宮先生はリンゴよりも赤く顔を染め上げる。
挙動不審に目を泳がして、身体を小さくしていた。俺よりも歳上なのに、今は幼く見えた。
「で、でも本当にいいの? 私三十路だよ?」
「何を今更気にしてるんですか。嫌だったら断ってますって」
「多分、面倒くさいよ? メールとか電話とかしょっちゅうすると思うし、ヤキモチも凄く妬くし、鬱陶しいと思う」
「これから付き合おうかって時に、何で自分を下げるプレゼン始めてるんですか」
「だ、だって……」
「そんなに心配なら、……キスでもしときますか」
「え? な、なんでそうなるの⁉︎」
桜宮先生は仰々しく肩を上下させると、アッと目を見開いた。
「俺のことが信用ならないみたいなので。……普通、嫌だったらキスできませんよね?」
「そう、かもだけど」
「桜宮先生がしたくないならしませんけど」
「じゃ、じゃあ……」
桜宮先生はまぶたを落とすと、俺に無防備な顔を預けてくる。
きめ細やかで、透明感のある肌。毛穴の概念がないと勘違いしそうなほど透き通っている。
緊張からか、あるいは恐怖があるのか、桜宮先生の身体は小刻みに揺れていた。俺は桜宮先生の前髪を掻き上げると、空いたスペースにそっと唇を合わせる。
途端、まぶたを開いて、目を丸くする桜宮先生。
「えっ……あ、そ、そっか。おでこか。勘違いしてた私」
「まだ信用ならないなら、お望み通り口にしますけど」
「お、お望み通りって……私がして欲しいみたいに……」
「違うんですか?」
「その質問ずるい! ……でも、私本当に面倒くさいと思うよ? 拗らせてるし……」
「まだ言いますか。そんなに言うなら心変わりしますからね。これが最後です。俺を彼氏にしてください」
ぶっきら棒に、投げやりに近い形で、告白の返事を再度行う。
一回りも歳の差が離れている。その上、生徒と教師だ。桜宮先生が心配になる気持ちはわかるし、予防線を張っておきたくもなるのだろう。
けど、俺だって生半可な気持ちでは言っていない。もっと言ってしまえば、初めて桜宮先生を見た時から、他の異性とは少しだけ別の感情を抱いていた気がする。年齢や立場を自分に言い聞かして、桜宮先生を恋愛対象として見ないように心掛けていたが。
俺がジッと目を見つめると、桜宮先生の頬が赤らむ。わずかな沈黙を経てから、桜宮先生は小さく頭を下げて。
「こ、こちらこそ、お願いしましゅ」
このタイミングで噛むのか……。
これから付き合う表明をすることへの恥じらいか、あるいは噛んだことへの羞恥が込み上げてきたのか、こっちが心配になるくらい真っ赤な顔をする桜宮先生。
なんだか締まらないが、かくして俺と桜宮先生は恋人同士になったのだった。
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