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文化祭③

「みーくんのカノジョです♡」


 俺の腕に引っ付き、事実無根なことを楓は堂々と宣言していた。


 楓のそのあまりに理解不能な行動に、俺の頭が一瞬真っ白になる。


 と、桜宮先生が俺と楓を交互に見ながら。


「へえ。そう、なんだ。やっぱいるんだカノジョ」


「い、いや居ませんよ。いきなり何言ってんだよ楓!」


「‥‥‥ふんっ、別に、ただのジョークじゃん。そんなに血相変えること? それともこの先生に誤解されると、何か不都合でもあるわけ?」


 楓がつまらなそう表情で、俺に鋭い視線を向けてくる。


 女心は男にはわからないというが、あれガチだな。全然楓の心情がわからない。


「不都合は特にないけど‥‥‥」


「じゃあいいじゃん」


「いや、よくはないだろ。‥‥‥えっと、従姉妹の楓です。高校の文化祭に興味があるみたいで、今はちょっと付き合わされてるだけです」


 俺は桜宮先生に向き直ると、改めて楓のことを紹介する。と、桜宮先生は改めて、俺と楓を交互に見やる。


「従姉妹。へえ、従姉妹なんだ。てことはシィちゃんのお姉ちゃん?」


「あ、はい。そうですよ」


「そう言われると似てるかも。目元とか!」


 桜宮先生はポンと手をつくと、感慨深げな声を上げる。俺が同意すると、興味ありげな瞳で、楓を捉えていた。


「え、なんでシィちゃんのこと知って‥‥‥」


『あっ』


 途端、俺と桜宮先生の表情が強張る。

 だくだくと汗が止まらない。やばい、やらかした。


 桜宮先生が、チラチラと俺を見てくる。


「え、えっと、結構前に、桜宮先生には迷子になったシィちゃんを保護してもらったことがあるんだよ。それでシィちゃんのこと知ってんだ」


「あ、そう。そうだよ、うん!」


 咄嗟のことで焦ってしまったが、別に焦るほどのことでもなかった。桜宮先生とシィちゃんの初対面は、婚約者関連とは関係ない。


 前に、シィちゃんを連れて桜宮先生とデートしたことがあったから、変にドキッとしてしまったが。


「ふーん、そうなんだ。その節は妹をどうもありがとうございました。‥‥‥桜宮先生」


「あ、いえいえ。ところで、いつまで楓ちゃんは瀬川くんに引っ付いてるの? 付き合ってるわけじゃないんだよね?」


 桜宮先生が小首を傾げて不思議そうに訊ねる。

 付き合ってないと判明した以上、楓が俺の腕に密着しているのはおかしい。


 正直、俺もいつになったら離れてくれるのかと思っていた。


「はい。そうですよ。あたしとみーくんは仲がいいんですよ。妬んでるんですか?」


「え、妬んでるわけではないよ?」


「ですよね。学校の先生(、、)ですもんね」


「う、うん」


 楓が、ニコッと愛想のいい笑顔を浮かべる。だが、目は笑っていなかった。


 なんだこの感じ。楓の桜宮先生を敵対視してる感が半端じゃない。


 と、その違和感を悟ったのか、桜宮先生が俺に手招きしてくる。


「あー、ちょっと桜宮先生と話すことあるから、離れてもらっていいか」


「ヤダ。ほら行こみーくん。あたし、ハニトー食べたい」


「いや、マジでどうしたお前。なんか変だぞ?」


「変じゃないし」


 ツンっとした態度で、そっぽを向く楓。そのまま、俺の腕を引いて歩き出す。


 楓に連れられるがまま、俺も足を前に進めた。


 去り際、楓は一度桜宮先生に振り返ると。


「べー、だ」


 目の下に手を当て、挑発していた。


「え、えっと‥‥‥」


「な、なんかすみません」


 楓の行動についていけず、俺はひとまず桜宮先生に謝る。普段は、喧嘩売ったりするタイプじゃないんだけどな‥‥‥。


 と、俺が頭を悩ませていると、後ろからとてとてと駆け足で寄ってくる音がする。


「──ちょ、ちょっと待って。私、楓ちゃんに何か気に触ることしちゃったかな」


 桜宮先生は、俺たちの目の前に来ると、不安そうに楓に質問した。

 楓は、頬を斜めに引き攣らせると、ぎこちない笑みを作りながら。


「いえ、そんなことないですよ。今後とも、みーくんとは生徒と教師として適切な距離感でのご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますね」


「う、うん‥‥‥」


「みーくんは、歳下が好きですから。歳下が!」


「あ、もしかして私と瀬川くんのこと、勘違いしてるのかな? 大丈夫だよ。私と瀬川くんは何もないから」


「どうですかね」


「何疑ってんだよ楓。桜宮先生と俺が付き合ってるように見えるか?」


 何をどう勘違いしたら、俺と桜宮先生が付き合っているように見えるのやら。


 確かに、婚約者のフリなんていう奇天烈な関係だが、付き合っているわけじゃない。


 楓は、不満げに唇を前に尖らせると、ジトッと半開きの目で俺を見上げてきた。


「ふーん。じゃ、みーくん、今からあたしの恋人になって」


「へっ、は?」


「だから、恋人。あたしをみーくんのカノジョにして」


「か、カノジョって‥‥‥い、いやいや──」


「だって桜宮先生とは何もないんでしょ? だったら、いいじゃん。あたしと付き合っ──あっ、いや、その、が、ガチで付き合ってほしいってわけじゃないからね⁉︎ 練習‥‥‥そうあたしに彼氏ができた時の練習のためにってことだから!」


 途端、急に自分の発言を見直したのか、こっちが心配になるくらい顔を真っ赤にしながら、アタフタ弁解してくる。


 俺を彼氏役に見立てて、いつか出来る彼氏とのデートの練習をしたいってことか? 


「でもどうしてそんな急に‥‥‥」


「も、元々そのつもりだったの。ただ言い出すタイミングがなかっただけ」


「そうなのか。まぁ別にそのくらいなら付き合ってもいいけど‥‥‥」


「え、ほんと? ほんとにいいの?」


「自分から言い出しといて何驚いてんだよ」


 楓の考えていることがよくわからないが、要するに恋人役を務めて欲しいって話だ。

 こっちは婚約者役をしているくらいだからな。今更恋人役くらい、造作もない。


「じゃ、今からみーくんはあたしの彼氏だから。じゃあ桜宮先生、これから彼氏と文化祭デートなので失礼しますね♪」


 楓は俺の腕に一層絡みつくと、桜宮先生にニコッと柔和な笑みをぶつける。なんでそんな喧嘩腰なんだ。楓と桜宮先生、今日が初対面だよな? 


「行こっ」と楓が俺の腕を引く。だが、俺は背後から服の袖を掴まれ、足を止めた。


「桜宮先生?」

「‥‥‥あ、ご、ごめん。あれ、何してんだろ」


 桜宮先生は、素早く俺の服から手を離すと、アタフタと慌てふためく。

 と、ポケットから紙切れを取り出すと、俺に向けてきた。


「あ、そう。そうだ。これ、瀬川くん達にあげるよ」

「金券、ですよねそれ。いいんですか?」


 桜宮先生の手元に握られているのは、この文化祭のみ有効な金券だった。


 生徒に直接金銭でのやり取りをさせないために、文化祭ではお金を金券に変える決まりになっている。


「うん。仕事もあるし、これからちょっと用事もあるしね。もう使う機会なさそうだから」


 用事とは、ミスコンのことだろう。

 まぁ、くれると言うならもらうけど。


 金券を受け取る。と、桜宮先生は微笑を浮かべて、サッと踵を返した。


「あ、ありがとうございます」

「うん。じゃ、またね。瀬川くん。楓ちゃんも。デート楽しんでね」


 ヒラヒラと手を振る桜宮先生に、手を振り返す。

 楓は仏頂面を浮かべていたが、小さく手を振り返していた。


 楓は、桜宮先生の姿が見えなくなった後で、ポツリと呟く。


「お、お金でみーくんをたらし込んでるんだ。みーくんは、あたしが守ってあげなきゃ‥‥‥!」


 否定しようかと思ったが、桜宮先生には金銭面で結構お世話になっているため、俺の表情が強張る。


 どうにも、楓は俺と桜宮先生の関係を疑っているみたいだな。もしかして、俺と桜宮先生がデートしてたの、見られてたことがあったのか? 


 まぁ、考えても答えは出ないし、墓穴を掘りかねないから直接言及することは避けるが。


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― 新着の感想 ―
[一言] まさか次の刺客が? ミスコン、主人公が倒れて出られなくなるとかで恩(婚約破棄のため)を先生に売ったりするのも面白そう。 ないか^^;
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